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【ゆるり胡同暮らし】第7回 緑あふれる胡同の庭

胡同をぶらぶら散歩しているとすぐに気づくのが、胡同住民が育てている植物や野菜だ。住民それぞれが皆、狭い空間を上手く利用して丹精込めてたくさん育てている。
そのおかげで胡同は、春や夏には緑にあふれていて、散歩していると実に気持ちがよくて癒される。
胡同住民は、緑の癒し効果もよく分かっているに違いない。

私が住む胡同も、例外ではない。

私が2007年から2018年まで11年間住んだ住まいにも、同じ胡同にあって去年2021年10月に引っ越してきた今の住まいにも、住民どうし共用の庭がある。
造りとしては、まず胡同に面して大きな門があり、その門から中に入ると庭があり、その周りを2階建ての建物がぐるっと囲んでいて、建物が8~10ぐらいのユニットに分けられ、それぞれのユニットに一家族ずつ住んでいる。
私はそのうちの1つを借りているというわけだ。

前の住まいの庭にもたくさんの樹や花が植わっていたが、今の住まいの庭はそれ以上に、もとから住んでいるお隣のおじいさんやおばあさんたちが、それはもうたくさんの植物や野菜を育てている。

とはいえ、去年10月に私が越してきたときには、庭はもう、いってみれば休眠期に入っていて、ほとんど緑がなかった。
そして北京はすぐに、長くて寒い冬を迎えた。

年が明けて春になり、少しずつ暖かくなり、街に緑が戻り始めると、庭も、冬の間とは全く別空間といっていいほどに変貌し始めた。
お隣のおじいさんやおばあさんたちは、寒い冬の間はほぼ家に閉じこもっていたが、4月に入ると、ほぼ毎日朝から晩まで庭に出て、活発にいそいそと植物や野菜の世話をするようになった。
そしてそんな丁寧な世話のおかげで、庭がしだいに息を吹き返し、緑であふれかえり始めた。
日に日に刻一刻と緑を増していく様子を毎日そばで眺めていると、何とも幸せな気分で満たされる。私は何も世話をしていないのに、毎日癒されて、そんなところに住めることへの感謝で胸がいっぱいになった。

緑であふれるようになっただけではない。
おじいさんやおばあさんたちは、植物や野菜の世話の合間に、庭に出した椅子に座って、のんびりと日向ぼっこしたり、楽しそうにおしゃべりしたりするようになった。そして私が出かけるときは「おお出かけるのか、気をつけてな」とか、帰ってくると「帰ってきたか」とか声をかけてくれる。時には私もそのついでに、おしゃべりに加わる。
緑あふれる庭でのんびりおしゃべりすることは、何て楽しいのだろう。

左は今年2022年の1月に撮影、雪が降っていた(これはこれで風情があるのだけれど)
右は4か月後の5月にほぼ同じ角度から撮影、緑あふれる庭でおじいさんがくつろいでいる

胡同住民に特に人気の植物は、葡萄棚だ。育てるのに手間はかかるけれど、日陰をつくり出してくれるので、かなり日射しのきつい北京の夏でも、その下で快適に過ごすことができるというわけだ。
私の今の住まいの庭も、すでに大きく成長したものからまだ小さなものまで、葡萄棚が3つもある。
4月に入ると、まず蔓に少しずつ葉がつき始め、やがて密集してきて、庭に日陰をつくり、そして実がなり、だんだん色づいていった。そんな様子を毎日眺めるだけでも楽しかった。
それが8月に入り収穫期を迎えると、何と私も、葡萄を何房かいただいてしまった。口にしてみると、狭い空間で育てられた葡萄なのに、ちゃんとみずみずしくて甘いのだ。
育つときは日よけになるし、食べても美味しい葡萄。何だか自分でも育ててみたくなってしまった。

左は今年2022年の4月に撮影、葉がつき始めたところ
右は6月にほぼ同じ角度から撮影、すでに実がなり始めている
左は今年2022年6月に撮影
右は8月に撮影、食べごろになりいただいてしまった葡萄、とっても美味しかった

それから、私の住まいの玄関には、すぐ隣に住む大家さんが植えてくれてあったノウゼンカズラが垂れ下がるようになった。
去年10月に越してきたときは、もう蔓しかない状態だったので、実はそれが何なのか全く分かっていなかったのだが、やはり今年4月に入って葡萄棚と同じように、蔓に少しずつ葉がつき始めて、ちょっとびっくりしてしまった。
それからどんどん葉が垂れてきて花が咲き、しまいにはちょっと屈まないと住まいに入れないほどになった。
でもそうやって毎日、花の下をくぐって出かけ、帰ってこられるなんて、何て贅沢なことだろう。

左は今年2022年4月に撮影、蔓に葉がつき始めたところ
右は7月に撮影、玄関の上3分の1ぐらいを覆う状態になった

お隣のおじいさんやおばあさんたちが育てている植物や野菜は他にもいろいろあるが、私がいちばん驚いたのがオクラだ。オクラがどんなふうになるのか全然知らなかったし、オクラの花も見たことがなかったからだ。
大きな葉が四方八方に伸びるのに、花は真ん中の茎にぴったりついて咲いて、そこに実が上向きになるんだなあ。
しきりに感心していたら、お隣のおばあさんに笑われてしまった。
そして葡萄に続き、そのオクラまでいただいてしまった。買ってくるものより何だか味がとっても濃厚で、これまた美味しかった。

8月に入ってつき始めたオクラの花と実

前の胡同の住まいも、桃、ザクロ、柿、モクレンの樹が植わっていたし、葡萄棚もあったし、それに私が何より毎年楽しみにしていたのが、初夏に庭いっぱいに咲く真っ赤な野ばらだった。

そして季節はもう秋。今は北京の秋らしい晴天が続き、風がさわやかで心地よいけれど、寒くなるのが早い北京。庭も間もなくまた、休眠する。
また来年の春が楽しみだ。

北京は大国の首都で、毎日様々なニュースが流れるけれど、一歩、胡同に足を踏み入れれば、住民が一日一日を大切に、丁寧にのんびり営んでいる暮らしがある。
そんな暮らしを長年、身をもって体験できて、そして癒されて、何て幸運なことだろうと、心から感じる。

7月初めに撮影した庭


プロフィール
弥生

2005年から北京に住み始め、2007年から2018年まで11年間、胡同で暮らす。2020年のはじめに帰国してしばらく日本に住んでいたが、2021年11月に北京に帰ってきて、再び胡同暮らしを始める。
インスタグラム@march_nzで胡同の写真などを投稿中。

*胡同(中国語読みで「フートン」)とは、故宮を囲む北京中心部の旧城内に、ほぼ碁盤目状に巡らされた路地のことである。

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