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【ゆるり胡同暮らし】第6回 胡同朝市

世界中どこの街に行っても、市場がもっとも、その土地の人々の暮らしぶりをかいま見ることができる場所だと思う。中国もしかり、北京もしかり。

ただ北京中心部では、近年の都市改革のあおりを受けて、昔ながらの市場がどんどん減り、真新しいスーパーにとってかわられつつある。
スーパーでも結局、売っているものは市場とあまり変わらないかもしれないが、やはり市場には、スーパーでは決して感じられない独特の活気がある。

北京中心部にまだ存在する数少ない市場の一つが「特吉特菜市場」だ。北京駅の南側の地域の小さな胡同にある。胡同に面した入り口も小さいので、一見しただけではそこに市場があると分からないが、建物の中に一歩入れば、食材がぎっしりと並べられた空間が広がっていて、あちこちから響く売り手のかけ声に圧倒される。
営業しているのは毎日早朝から正午ごろまで。周辺の住民がたくさん買い物に来ていて、いつもとてもにぎわっている。
私も勝手に胡同朝市と呼んで、ほぼ毎週末通っている。何度通っても飽きない大好きな場所だ。
ここで地元の人々に交じって、売り手のおじさんやおばさんとのやりとりを楽しみ、ほぼ1週間分の食材を買い込んで、それで何を作ろうか考えれば、他のどんなことよりも、北京で暮らしている、胡同で暮らしていると実感させてくれる。

市場がスーパーと違うのは、まず、野菜も肉もすべてむき出しで並べられていて、量り売りされていること。
それから、野菜や肉の種類ごとに売り場が分かれているのではなく、いってみれば市場の建物の中に個人商店が幾つも入っているようなもの。それぞれの個人商店によって扱う食材は異なるが、たとえば大根のようなポピュラーな食材だと幾つかの個人商店で売られているので、どこの大根が新鮮そうかな?といったぐあいに、建物の中を行き来しては品比べをすることになる。そのうち、人参はこのおじさんが売っているのが新鮮そうだからいつもここで買おう、というように決まってきたりする。
それにスーパーだと、商品棚から黙って商品を取るだけだが、市場ではそういう売り手のおじさんおばさん達と、これは幾らなの、とか、量はそれぐらいでいいわ、とか、あっちの玉ねぎも一つちょうだい、とかいったぐあいに、いろいろ会話をすることになる。それが活気をもたらしているのかもしれない。
とにかく楽しい。

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「特吉特菜市場」、私的通称は胡同朝市
泥のついた人参が美しく見える
つやつやの茄子に思わず手が伸びる
塊で並べられた肉もすべて量り売り

そして今、季節は春。胡同朝市は、春の野菜や果物が並べられ始めてさらに楽しくなる。
北京の春の味覚といえば、香椿だ。日本ではほとんど知られていないが、中国北部原産の樹に生える葉が、北京では春先のごく短い間だけ、食用として市場に出回る。
胡同朝市に出回り始めてから私もさっそく買い込み、調理方法としていちばんポピュラーな卵炒めを作ってみた。美味しい!香椿は、春らしく、独特の苦みがあり、食べた後にしばらくその苦みが口の中に残るほどだが、その苦みが何だかクセになってしまうのだ。

香椿は生のままだとこんなふうに赤みを帯びているが、湯に通すと緑色に変わる
香椿の卵炒めは食欲がない時でも箸が進む
春といえばもちろん筍も
苺も
ブルーベリーも量り売り

さらに、胡同朝市で扱われているのは、食材だけではない。まさにここに買い物に来る住民の日常生活がうかがえるものも扱われている。

市場の一角にこんな布屋さんもあり、簡単なシーツやカバーならこの場で仕立ててもらうこともできる
家庭で飼うこんな金魚も
市場の前の胡同ではこんな路上散髪屋さんも営業中

そんな胡同朝市巡りで小腹がすいたら?心配ご無用。ここではちょっとした軽食まで売られているので、その場で買い食いもできる。いろいろあるが私の大のお気に入りは、包子(バオズ)屋さん。日本でいえば肉まん屋さんだが、中国の包子屋さんは、具の種類が肉だけでなくとっても豊富。人参と炒り卵とか、春雨とか、辛い切り干し大根のような具もある。どれもとても美味しく、市場の活気に包まれながら蒸したて熱々の包子をほおばれば、もうそれだけで朝からとっても幸せな気分になる。

大きなせいろが積み上げられた包子屋さん
ここの包子はどんな具でも私的評価では宇宙一美味しい

大好きな胡同朝市、これからもずっと続いてほしいと心から願わずにはいられない。

ある日の胡同朝市の戦利品は、これ全部で28.3元(約560円)ナリ、安い


プロフィール
弥生

2005年から北京に住み始め、2007年から2018年まで11年間、胡同で暮らす。2020年のはじめに帰国してしばらく日本に住んでいたが、2021年11月に北京に帰ってきて、再び胡同暮らしを始める。
インスタグラム@march_nzで胡同の写真などを投稿中。

*胡同(中国語読みで「フートン」)とは、故宮を囲む北京中心部の旧城内に、ほぼ碁盤目状に巡らされた路地のことである。

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