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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 12

 正妻から新たな提案を受けた五瀨は難色を示していた。其れには幾つかの理由がある。其のもっとも大きな部分は正妻が国の人々に好かれていない事だ。好かれていないと言えばまだ聞こえは良い。実際は驚くほどに嫌われている。其処にこの様な政策を盛り込めば収集がつかなくなる事は明らかである。
「確かに素晴らしい案だ。だが、人は納得しないだろう。既に人は奴婢ありきの生活になれているのだ。此れでは人から奴婢を取り上げる様なものだ。」
「五瀨の言う通り取り上げるのです。其れにより多くの人が奴婢から解放されるのです。奴婢に階級を設ける事で奴婢が奴婢を管理し奴婢が奴婢を使う様になれば人は自由な刻を好きな様に使う事が出来ます。勿論奴婢に好き勝手な事をさせる訳にはいきません。ですから兵に監視をさせる必要はあります。されど其の数も少数で事足りる様になります。」
「成程…。だが、奴婢に身分を設けたとして其れが上手く機能するかは疑問だ。」
「其れは問題ありません。身分によって待遇を良くしてやれば良いのです。食べ物であったり労働条件等を良くしてやるのです。」
「成程良く分かった…。だが、少し刻をくれぬか ? この案は直ぐに返答出来るものではない。」
 と、五瀨が言うと正妻は何も言わず頷いた。それから五瀨は将軍を集め正妻の案を話した。将軍達も矢張り正妻に対しての憎悪が増すのではと危惧した。だが、政策自体は理に適っている様にも思えたし、これ迄の政策で効率が良くなったのも事実である。だから、この案も間違い無く良い物である事は分かる。分かるからこそ将軍達は頭を捻る。結局何だかんだでもう少し間を空けてからの方が良いのではと言う事で話は落ち着いた。そして次に五瀨は二人の妻にこの事を話した。二人の妻は勿論早急に改革する様に進めた。
「だが、人は更に正妻を敵視する様になる。そうなれば苦しむのは正妻だ。」
 五瀨が言った。
「其れは人が自由だからです。」
「自由 ?」
「はい。此処は五瀨様の国。法を決めるは五瀨様です。ですが人は其の政策に反発しあろう事か王妃を敵視するなどもっての外…。」
「其の通りです。全ては国あったればこその人。人は国があるから自由なのです。」
「つまり ?」
「全てにおいて自由であるは国にあらず。」
「法の中で自由に生きる事が出来るのが国です。」
「五瀨様は法を定め人に身分を設け支配せねばなりません。」
「人にも身分を設けよと…。」
「身分無き集まりは集団に過ぎません。身分があるから統率が取れるのです。」
「成程…。其れで其の身分はどの様に決めるのだ ?」
「身分と言っても堅苦しい物で無くてかまいません。先ずは将軍達に領土と人を与え支配させるのです。そして、将軍には多くの兵がいます。将軍は多くの功績を持つ兵達に与えられた領土の一部と人を与え支配させるのです。」
「法を破った者には罰を与え、功績を残した者には褒美を与えるのです。」
「其れに多くの労働は奴婢がしますから人は支配されたと言っても其の大半は自由です。」
「其の中で王妃を敵視する者を罰せれば良いのです。」
「成程…。全く其方らには感心させられる。何とも素晴らしき案よ。」
「有難う御座います。」
「其れで奴婢の身分はどの様に決めれば良い ?」
「其れは正妻の案。正妻に任せれば良いかと。」
「そうだな。直ぐに将軍達を集め話を進めるとしよう。」
 そう言って五瀨は二人の妻が住む竪穴式住居から出て行った。
「いらぬ事を…。」
 片方の妻がボソリ。
「我の所為にするでない。眞奈瑛(まなえ)もノリノリじゃったじゃか。」
「合わせるしかないじゃかよ。何が自由じゃからじゃ。」
「ほんまの事じゃか。」
「まぁ、そうなんじゃが…。」
「其れにじゃ…。ああ言わんかったら五瀨は渋ったままじゃ。」
「確かにじゃ…。しかし困りよった。二つの案が同時進行になりよるとは…。」
「取り敢えず静流(しずる)に報告じゃ。後は実儺瀨(みなせ)が上手くやりよる。」
 と、眞奈瑛は木の皮に今回の事を書くと鳩を呼び其れを首に掛けて飛ばした。一方五瀨は将軍達を集め正妻の案を実行する事を告げた。だが、眞奈瑛達の案は人がどの様な反応を示すかで実行するか否かを決める事にした。
 案を実行するに辺り五瀨は正妻を呼び、どの様に身分を決めるのかを問うた。正妻は従順で卑屈な者を最高位の身分にと答えた。
「卑屈な者 ?」
 五瀨は卑屈な人が嫌いだったので首を傾げた。
「はい。卑屈な者はずる賢く欲深かです。得た待遇を失う事を嫌い、更に待遇を得ようとします。其の為私達に逆らうより奴婢を弾圧し逆らう者には徹底的に罰を与えるでしょう。」
「成程…。其れでどの様に其れを見抜くのだ ?」
「其れは私が選びましょう。」
「其方が ? まぁ、そうだな。なら、其れは其方に任せよう。」
 と、五瀨は正妻に一任した。
 一任された正妻は眞奈瑛達の下に行き五瀨が承諾した事を告げた。眞奈瑛達は正妻の話から人に身分を設けるのを先延ばしにした事を知ったが今は如何にも出来ないので聞かなかった事にした。
「五瀨様は悩んでおられた様ですが承諾されてなによりです。」
「ええ…。私も今回は無理かと諦めていました。」
 正妻が言った。
「其れで身分決めは誰に ?」
「私です。」
「其れでは早速奴婢に会いに行きましょう。」
 と、眞奈瑛達は正妻を連れて奴婢の作業場所に向かった。
 テクテクと歩き三人はあーでも無いこーでも無いと話し合い乍ら品定めをした。そして二十人の奴婢を選び自分達の元に呼び寄せた。そして又テクテクと歩き奴婢の住居がある集落に向かった。
 奴婢の住む竪穴式住居に到着すると三人の兵士が居た。する事が無いのか兵士達は暇そうに腰を下ろしていた。正妻は兵士を見やると其れに気付いた兵士達が腰を上げた。
「正妻…。どうしたのです ?」
 兵士が問うた。
「新たな政策の一環です。」
「新たな ?」
「はい。奴婢達に身分を与えるのです。」
「身分を…ですか ?」
「はい。」
 と、正妻は住居に向かいテクテクと歩き、そしてピタリと歩みを止めた。正妻は少し躊躇いを見せた。あの異様な臭気が忘れられ無いからである。
「今は臭くありません。」
 其れを察した奴婢が言った。
「わ、私は別に…。」
「いえ…。これは正妻のお陰です。」
 と、奴婢達は戸を開け中に入って行ったので、正妻も覚悟を決め中に入って行った。中に入り正妻は少し安心した。全く臭く無い訳では無いが我慢できる臭さであったからだ。
 とても広い住居の奥に進み正妻は奴婢達を座らせた。座りながらも奴婢達は何が始まるのか分からなかった。正妻が何も話さなかったからである。
「さて、其方等を選び此処に集めたのは、其方達に身分を与える為です。」
 そして正妻が言った。当然奴婢達はざわついた。奴婢に身分を与える等考えもしなかった事だからだ。其れに何故自分達が選ばれたのかも分からない。
 だが、正妻は奴婢達にとって光である。迂駕耶(うがや)に逆らい奴婢にされ、人としての尊厳を奪われた。其れをほんの少しではあるが正妻は取り戻してくれた。そんな正妻が身分を与えると言うのだ。当然意味があるのだと奴婢達は思った。
 
 そう…。

 意味があると思える奴婢を眞奈瑛達は選んだのだ。 
 此処でナンジャラホイと首を傾げてしまう様な奴婢であったなら其れはハズレである。
 そして、正妻と眞奈瑛達は二十人の奴婢達と暫く話をした後、誰を最高位の身分につけるかを決めた。
「わ、私が最高位の身分に ?」
 指名された奴婢が言った。
「はい。三人一致で其方に決まりました。」
「そ、そうですか…。ですが…。」
「名は何と言いますか ?」
 遮る様に正妻が問うた。
「名、名ですか那賀須泥毘古(ながすねびこ)と言います。」
「那賀須泥毘古(ながすねびこ)。良い名です。」
「はい。」
「さて、其れでは那賀須泥毘古(ながすねびこ)を最高位とし、其の下には…。」
 と、正妻は順に身分を決めていきピラミッド政策の話を伝えた。幸いにも二十人の奴婢は元々兵士であったらしく直ぐに理解してくれた。
「さて…。後は正妻に任せます。」
 一通りの話が終わり眞奈瑛が言った。
「え… ?」
 と、正妻は首を傾げる。
「後は正妻の考えを伝えるだけです。」
「でも…。」
「支配者は一人。私達は同格ではありません。」
「支配者 ? 私は支配者ではありません。」
 強く正妻が否定した。
「否。奴婢を解放する迄は奴婢を支配する者で無くてはなりません。支配するからこそ一つになるのです。」
「支配するからこそ ?」
「はい。奴婢任せでは千年経っても何も変わりません。先導する者が必要なのです。つまり、奴婢達の進む道を灯す灯りになるのです。」
「私が灯りに…。分かりました。」
 強き目で正妻が言うと眞奈瑛達はテクテクと住居から出て行った。
 外に出ると先程と変わらず暇を持て余している兵士が居た。兵士達はエロな目で眞奈瑛達を見やった。
「ご苦労様…。」
 と、眞奈瑛達はそう言ってテクテクと歩いて行く。兵士達は正妻が出て来ないので眞奈瑛達に問うた。
「正妻はまだ話しています。」
「まだ ? 其方等を帰らせてか ?」
「はい。込み入った話があるようです。」
「込み入った ?」
「私達抜きで話をしたい様です。」
「そうか。」
「私達を帰らせ中で何を話しているのやら…。」
 と、眞奈瑛達は集落に戻って行った。
 集落に戻ると眞奈瑛達はテクテクと集落内をブラブラと歩き静流と落ち合った。眞奈瑛達は世間話をする様に奴婢の話を伝えた。
「上手く行きよったじゃか。」
 静流が言った。
「既に英雄気取りじゃ。」
「英雄…のぅ…。」
 恐ろしい程の冷たい目で静流が言う。
「滅びの英雄じゃ。」
「じゃな…。後は我等が更に人をワッショイじゃ。」
「頼みよる。」
 と、眞奈瑛達は今度は五瀨の元に向かった。策のためでは無い。ニャンゴロリンする為である。其の頃正妻は自身の思いを伝え終えていた。
「わ、私達を解放すると…。」
 那賀須泥毘古(ながすねびこ)が驚き言った。
「はい。私が取った政策の其の全ては其方等を解放する為です。其れには其方等の強い志が必要なのです。」 
「私達の ?」
「そうです。奴婢にされた人達を一つに纏めるには私一人の力では如何にも成りません。」
「ですが…。」
「ですが ?」
「お気持ちは嬉しいのですが…。其の様な事をすれば正妻の立場が…。」
「其れは上手くやります。」
「否…。私達の為に正妻を危険な目に合わせる訳には行きません。其れに此れは私達が招いた事です。大王を受け入れず頑なに拒み奴婢にされたのです。」
「渡来人を受け入れられない気持ちは私達も同じ。だからこそ私達は強く有らねばと力をつけて来ました。ですが其れは国を大きく強くする為です。滅ぼした国の人を奴婢にする為ではありません。私達は侵略者にあらず。故に支配者でもありません。共に立ち向かう者でなくてはならないのです。」
 正妻のこの言葉に那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は強く心を打たれ正妻の思いに従う事にした。
 この日を境に正妻と那賀須泥毘古(ながすねびこ)達との絆はとても強い物となった。だが、人は更に正妻を忌み嫌う様になった。奴婢を好き勝手に使えなくなったからだ。
 其の嫌い方は異様とも言える程である。人は平気で正妻に石を投げつけ、中には糞尿を投げつける者もいた。住居の前に獣の死体を放置し、住居にも糞尿を投げつけた。其れでも正妻は負ける事なく那賀須泥毘古(ながすねびこ)達を纏め続けた。其れを陰から支え続けたのは眞奈瑛達である。だが、那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は日々心を痛めていた。自分達の所為で正妻が更に嫌われてしまったからだ。那賀須泥毘古(ながすねびこ)は正妻に石を投げる人達を許せなかった。だからと言って何か行動を起こせば正妻に迷惑が掛かる。

 だから…。

 那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は必死に堪える日々が続いた。

 そして、事件は起こった。

 人が投げた石が正妻の頭部を直撃したのだ。
 人がお構いなしに石を投げる様になり、正妻は余り出歩かない様になっていたのだが、五瀨の住居に行く為に偶々外に出た瞬間に飛んで来た石に当たったのだ。そして、正妻は意識を失い倒れた。側にいた眞奈瑛達が咄嗟に支えたので地面に頭部を打ち付ける事は無かったが、正妻の意識は暫く戻らなかった。知らせを受けた五瀨は慌てて正妻の住居に飛んで来た。
「な、何と言う事だ…。」
 五瀨は正妻の側に腰を下ろし自分を責めた。二人の妻の言う通り、人に身分を設け支配していればと悔やんでも悔やみきれなかった。だが、それ以上に悔やんでいたのは那賀須泥毘古(ながすねびこ)達である。
 
 辛くて、悔しくて堪らなかった。

 正妻の気持ちに何も出来ない事が堪らなく腹立たしかった。だが、矢張り奴婢である那賀須泥毘古(ながすねびこ)達にはなす術がない。

 だから…。

 娘達は偽りの術を与えた。


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