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大臺神楽闇夜 1章 倭 4灯の消えた日1

 全てを話し終わり三佳貞は花水を一口飲んだ。フゥっと一息饅頭をパクリ。夜麻芽は黙っていたが目からは涙が溢れていた。樹寐恵はただ俯いていた。
「つまり、倭人に斬られた腕を倭人が治療してくれたと…。」
 樹寐恵が問うた。
「じゃよ…。」
「で、其方は其処に七日も滞在しておったと。」
 夜麻芽が問う。
「ご飯が美味しかったからの…。」
「舞まで披露したじゃか…。」
 樹寐恵が言う。
「披露ではない。練習をしておっただけじゃ。」
「帰りのご飯迄貰って…。」
「お腹が空くではないか。」
「まったく…。流石は別子の娘じゃ。慣れ親しむ技をしっかりと心得ておる。」
 涙を拭い夜麻芽が言った。
「じゃよ…。じゃが何で浜辺に倒れておったんじゃ ?」
 樹寐恵が問う。
「分かりよらん…。着いた途端意識が無いなりよった。」
「緊張の糸が解けたのであろう。」
 大吼比が言った。 
「かのぅ…。」
「しかし、帥升とサシで話をしてくるとは見上げたものだ。しかも一歩も引かぬとは流石は別子の娘。」
「じゃが、坂耳帆梁蛾を使いよったんは失敗じゃな。あれは封印技ぞ。」
「まったくじゃ…。今時あれに引っ掛かるは神楽ぐらいじゃ。」
 と、夜麻芽と樹寐恵はゲラゲラと笑った。
「これこれ…。泓穎は引っ掛かりよったじゃかよ…。」
「まったく…。じゃが多くの家族を失ってしまいよったのぅ…。」
 夜麻芽が言う。
「あぁ…。高天原が全滅とは…。だが、そのお陰で倭人の侵攻を遅らせる事に成功した。大神不在のまま戦が始まるのかと不安に思うておった者も多い。」
 大吼比が言う。
「じゃな…。上手く行けば後半月程で着くはずじゃ…。」
 夜麻芽が言った。
「後はどの様に戦うかだ。我等は倭人と秦人の両方を相手にせねばならん。話から我等の武器は通用せぬ。今は数で勝ってはいるが増援が到着すれば互角か其れ以上になる。」
「其れなんじゃが…。まだ話しておらぬ事がありよる。」
 三佳貞が言った。
「話していない事 ?」
 樹寐恵が問う。
「李禹の事じゃ…。」
「李禹 ? おぉぉ…。話の中で丸焼きになった娘か…。」
 大吼比が言う。
「否…。まだ生きておる。」
「生きておったか…。」
「応…。その李禹なんじゃが…。李禹は秦の間者じゃと言いよった。」
「間者とな…。」
「じゃよ…。李禹は我等と繋がる事を求めておる。其れが嘘か真かは分からぬ。じゃが、秦軍の大将軍を務める項雲の妻が泓穎暗殺の好機を与えてくれよったんは事実…。」
「ふむ…。其れで繋がりたいとは ? 」
「先代帥升が西南で襲われた事は言うたであろぅ。」
「聞いた。西南で先代帥升と蘭泓穎、大将軍が襲われた話だな。」
 大吼比が言った。
「じゃよ…。」
「詰まらぬ言い掛かりだ…。儂でさへその様な話は聞いておらぬ。」
「じゃよ…。じゃから、其の事を踏まえ李禹の話をせねばいけん。」
「李禹…。」
 夜麻芽がボソリ。
「真か嘘か…。其れを決めるは我では無い。ひょっとすると我等を混乱させる作戦かも知れぬ。じゃが、倭軍と戦い、蘭泓穎と話、秦の民と話し、我は其れが真であると確信した。」
「何故そう思いよる ?」
 夜麻芽が問う。
「必要ないからじゃ…。」
「必要ない ?」
 大吼比が更に問う。
「じゃよ…。言うた様に秦軍は強い。じゃが倭軍は其れを圧倒的に凌駕する強さを持っておる。何より泓穎は冷酷じゃが姑息な真似は好まぬ。真正面から我等を滅亡させるが望み。」
「成る程…。して、李禹の話とは ?」
「始皇帝との間に交わした密約じゃ。」
 と、言って三佳貞は李禹の語った話を話し始めた。


         大臺神楽闇夜 
          一章 倭
        4 灯りの消えた日

 呂范は考える。此の場で始皇帝を殺すか否か…。殺さねば始皇帝は帥升を焚きつけ八重国を攻める…。だが…。始皇帝を殺しても新たな国の王が八重国に攻め入る事は明らか。既に八重国は存在している国だと認知されているのだ。だから、何方の道を選んでも安泰し続ける事は不可能である。だが、此処で始皇帝を殺せば少なからず荒れ海を渡った侵略は遠ざかる。
 ピクリ、ピクリと呂范の指が動く…。
 だが、矢張り理解が出来ない。
 何故自分に此の様な話をするのか ?

 其の真意はなんだ… ?

 呂范はジッと始皇帝を見やり考える。
「勘繰るな…。八重国を侵略する気なら其方に此の様な話はせぬ。」
「然れど上に立つ者許さずと…。」
「つまり、八重国は自分達の方が上だと考えておると言う事か ?」
「真逆…。」
「なら、良いではないか。」
 そう言って秦王政は又テクテクと歩き出した。其れから秦王政は何も語らず帥升との謁見を終え咸陽に戻った。呂范が秦王政に呼ばれたのは其れから暫くしての事だ。
 王の間に呼ばれた呂范は跪き秦王政を見やる。
「呂范…。其方を呼んだのは他でも無い。我の真を話す為だ。」
「真を… ?」
「左様…。我等は倭族を滅ぼそうと考えている。」
 秦王政の言葉に呂范は驚いた。真逆の言葉である。此の国に…。否、此の世界において倭族は神である。其の神を滅ぼすと言う事、此れは謀反等と言う言葉では済まされない話である。仮に其れを実行したのであれば、未だ秦国に敵対している国はこぞって倭族に付き其の全てを根絶やしにするであろう。
「ご冗談を…。」
 そう言って呂范は俯いた。
「否、我等は本気だ。」
「しかし…。其の様な事をすれば…。」
「秦国は倭族と敵対する国に滅ぼされるだろうな。」
「でしたら…。」
「だが、このままではいずれ滅びる。良いか。倭族は争わず豊かな地にて其の数を増やし続けている。国が支払う税も其れに伴い上がって行くばかりだ。夏の時と比べ其の額は二百倍だ。此の意味が呂范…。其方に分かるか ?」
「いえ…。」
「良い…。つまり、どれだけ法を整備し、通貨を共通の物としても経済は追いつかず。他国を侵略し続けても何は限界となる。そうなれば国は衰退し、町には餓死者が溢れ我等は又倭族の奴隷となるであろう。」
「だから倭族を滅ぼすと ?」
「良いか呂范…。其方の国だけは安泰であると思うな。そうなれば八重国も又侵略され国は衰退するであろう。否、国は滅亡し民は奴隷となり侵略者の物となる。」
「話は分かりました。で、我等にどうしろと ?」
「簡単な事…。運命を我等と共に…。」
「運命を ?」
 と、呂范は首を傾げる。
「其方も知っての通り。此の世界は倭族が神として存在しておる。故、此の世界で剣を向けるは滅亡である。だが、其方らが国は違う。幸か不幸か倭族を神とせず、先人を敬い称え其の霊と共に生きている。つまり、其方が国であれば倭族と戦えるのだ。」
「え ? あ…。ちょっと何言ってるか分からない。」
「分からぬか ? 要するに其方が国で共に倭族を滅ぼそうと言うておる。」
「否、少しお待ちを…。そうなれば我等が世界を敵に回す事になります。其れに其の様な事を我が勝手に決めれる事では有りませぬ。」
「分かっている。だが、其方が決めよ。海を渡り其方が王とやり取りするは刻がかかり過ぎる。その中で倭族に知られるやもしれぬ。」
「ですが…。何の報告も無しでは…。其れに突然倭族が来たとなれば混乱がしょうじます。そもそもどうやって倭族を八重国に行かせるのです ?」
「其れは心配せんで良い。ちゃんと策がある。」
 と、秦王政はニヤリと笑みを浮かべた。
 其れから数日…。呂范は間者を集め秦王政の話を聞かせた。此の作戦を遂行するには間者全員の賛成が必要だったからだ。
 食卓を囲み皆は呂范の話を聞いた。だが、皆は此の阿保みたいな話を間に受けなかった。秦王政の企みでは無いかと疑ったのだ。確かに倭族を八重国に行かせる事が出来れば敵対する国からの攻撃は回避出来る。だが、そうなれば今度は八重国が世界を敵に回す事になる。なるのだが秦王政の話では其れが重要なのだそうだ。
「つまり、神に剣を向けた不届きな国を秦国が討伐すると…。」
 油芽果が言った。
「名目は…そうだ。」
「其の為に我等が帥升を襲うのか ?」
 薙刀が問う。
「そうだ…。我等が帥升を襲えば倭族は必ず八重国に行くと秦王は言っていた。其れは必ずそうなると…。」
「フーン…。じゃがのぅ。其れで何の見返りがあるじゃかよ ?」
 油芽果が言う。
「じゃよ…。秦国と八重国が共に倭族と戦ってなんになるじゃかよ…。」
「其れだ…。我等には何の得も無い話だぞ。」
 貞相が言った。彼も間者である。
「秦王は見返りに友好を示すと言った。つまり、侵略はしない。」
「じゃかぁ…。」
「だが、此れは我等だけで決めれる事ではないぞ。」
 東段が言う。彼も間者である。
「我等で決めろとの事だ。」
「滅茶苦茶だな。」
「だが、秦王の言う様に倭族に知れたら全てが水疱だ。」
 貞相が言う。
「所で皆よ…。大事な事を忘れておる。」
 唐突に油芽果が言った。
「何だ ?」
「倭族が勝ったら我等はどうなるんじゃ ?」
 と、油芽果の言葉に皆は言葉を失った。そうなのだ、誰も負けた時の事を考えていなかったのだ。そもそも勝つよりも負ける公算の方が高いのである。秦国に敵対する国がどうとか言う前に秦国が倭族に勝てるのかと言う話である。
「じゃよ…。油芽果の言う通りじゃか。秦国が倭族に勝てねば我等も滅亡じゃかよ。」
「確かに…。倭族は強烈に強いと言う話だ。」
「負けると分かって運命を共にする必要は…。」
「だが、共にせねば秦国は八重国を攻めに来る。我等では秦国には勝てぬ。」
 呂范が言った。
「舐めるな…。八重国には我等が付いておる。」
 薙刀が言う。
「じゃよ…。我等がおる限り八重国は安泰じゃかよ。其れに我等が国には鬼がおる。」
「確かに…。だが鬼一人ではどうにもならぬ。」
 呂范が言った。
 こうして否定的な意見が多いまま刻だけが過ぎて行った。気がつけば外は暗く丸い月が昇っていた。結局この日は結論が出ないまま話し合いは終わったのである。
 翌日、油芽果と薙刀は咸陽に来ていた。秦王政から直接話を聞こうと思ったのだが、城には入れて貰えなかった。呂范がいたら何とかなると城門の前に座り込んでみたがお目当ての呂范は城から出てこない。
「なんじゃぁ…。呂范は出てこんじゃかよ。」
 口を膨らませ油芽果が言った。
「じゃから、先に呂范に言うた方がええ言うたんじゃ。」
「じゃぁ言いよっても来てしもうたじゃかよ。」
「じゃよ…。」
「困りよった。」
 と、二人はボケーっと道行く人を見やる。
「何かええ方法は無いんかのぅ。」
「無い…。」
「有りよらんかぁ…。」
 と、周りを見やり始めて気づく。油芽果達は終戦直後だからと気にしてはいなかったが町には溢れかえる程の乞食が徘徊していた。否、乞食でなくとも恰幅の良い者は非常に少ない。此れが秦国の現実なのである。
 時折乞食が衛兵に手を差し出して来る。すると衛兵は嫌な顔を見せる事なく乞食に金を渡してやる。そして同じ乞食が二度来る事はなく、別の乞食がやって来る。衛兵は矢張り嫌な顔を見せる事なく其の乞食に金をやる。
 此れは八重国ではありえない光景である。金が無ければ飯が食えず、分け与えるにも物がなく…。人は貧困に苦しんでいる。
 秦王政は言った。今払っている税が少しでも安くなれば飢える民が減ると…。確かにそうなのかも知れないが油芽果と薙刀には政治的な事は良く分からない。
 ただ一つわかる事…。
 秦王政は民の為に本気で世界を変えたいのかも知れないと言う事である。
「おっ ! 壁を登りよるか。」
 気持ちを切り替える様に油芽果が言った。
「バレたら首が無いなりよる。」
「じゃよねぇ…。」
 と、油芽果は大きく伸びをした。
「お前達…。中に入る相談は良いがいつ迄其処にいるつもりなんだ ?」
 城門前に座りこむ二人を困った顔で見やりながら衛兵が言った。
「会える迄じゃ。」
 薙刀が言う。
「だから…。始皇帝も呂范殿も今はいないと言うておるであろう。」
「其の様な嘘に我は騙されぬ。」
 油芽果が言う。
「嘘では無い。大体謁見許可も取らずに来るお前達が悪いんだ。兎に角いつ迄も其処に居座られては困る。」
 と、二人の衛兵は油芽果と薙刀の襟首を掴み、ズルズルと引き摺り邪魔にならぬ場所に放置した。
「おっと〜。瞬間移動の技が炸裂じゃ。」
 と、油芽果が言うと衛兵は油芽果をジッと見やり”なんて、重い女だ”と言った。
「失礼な…。」
「趙熄(ちょうそく)はデブじゃからのぅ…。」
 と、言って薙刀はケラケラと笑う。
「否、お前も重かったぞ。」
 と、衛兵がクスリと笑う。
「フ…。人の事言えんじゃかよ…。」
 と、油芽果はドヤ顔で薙刀を見やった。
「まぁ、兎に角出直して来るんだな。残念だが、今日は始皇帝も呂范殿も此処には来ない。」
 と、言って衛兵は元いた場所に戻る。
「仕方ない…。帰りよるか。」
「じゃな…。我はお腹が空いたじゃかよ。」
「我もじゃ…。」
 と、油芽果は衛兵の所に行き手を出した。手をだせばお金が貰えると思っているのである。だが、プクプクと貧困のカケラもなく乞食にも見えない油芽果達にお金は出て来ない。だから、衛兵は知らぬ振りをした。
「ほれ…。お金じゃ。」
 お金が出て来ないので油芽果はせがんだ。
「何を言うておる。十分潤っているだろう。」
 プクプクとした油芽果の頬を見やり衛兵が言った。
「潤って等おらぬ。我はお腹が空いた。」
「我もじゃ。ツルツルを食べに行くんじゃ。」
「贅沢な事を言うでない。ほれ、帰れ。」
「嫌じゃ…。」
「そうじゃ、お金じゃ。始皇帝は帥升に変わる神じゃか。神が民を蔑ろにするじゃかよ。」
 と、薙刀が大きな声で言うと道行く民がジロリと衛兵を見やって行く。何ともバツの悪い話である。仕方なく衛兵は油芽果と薙刀に僅かなお金をやった。
「やったじゃか。」
 と、油芽果と薙刀はご機嫌さんである。二人はルンルンでどの店に行くか話し合い町に行った。
 町に着くと其処は人で賑わいとても華やかである。だが、此処にも貧困で苦しむ人がいる事は事実である。多くの人は此処で仕事が回って来るのを待っている。仮にその日の仕事にありつけなくとも店から出る残飯にはありつける。盗みや食い逃げも日常茶飯事である。と、今までは矢張り気にもかけていなかった。
 当然、油芽果達には秦国の内情等どうでも良い事なのだから当たり前である。だが、呂范から話を聞くと嫌でも見てしまう。店の隅に座り込む人人人…。落ちている物に群がり、必死に取り合い、僅かな金欲しさに人を殺す。

 此の国は正に地獄である…。

 つまり、裕福な人は貧乏な人なのだ。
 そして貧乏な人は乞食なのだ。
 貧困な人は餓死寸前なのである。

「なんじゃか…。お腹一杯になりよった。」
 ボソリと薙刀が言った。
「我もじゃ…。」
 と、油芽果は一人の幼子を見やった。母親に抱かれたその子はジッと油芽果を見やっていた。
「お姉ちゃん…。お金頂戴。」
 幼子が言った。母親に抱かれたその子は他の人と同じ様に店の片隅に座り込んでいた。
「衛兵に貰えば良い。」
「駄目…。」
「何故じゃ…。」
「駄目だから。」
「これ…。娘さんに迷惑を掛けては駄目。」
 母親が言う。
「何故駄目なんじゃ。」
「私達は三日前に貰ったから…。次に貰えるのは七日後なのよ。」
 母親の言葉で何故同じ乞食が何回もお金を貰いに来ないのかが理解出来た。初めからの取り決めなのか、皆でそう決めたのかは分からないが、何方にせよ此の親子が困っているのは確かである。
 油芽果は何も言わず衛兵から貰ったお金を幼子に渡した。薙刀も同じ様にお金をあげた。秦国の民がどうなろうと知った事では無い。このまま衰退し滅亡すればしてやったりである。

 だが…。

 素知らぬ顔は矢張り胸が痛む。
 此れでいいのだと二人はテクテクと歩いて行った。
「卑国の娘は鬼だと聞いていたが違うのか ?」
 と、唐突に誰かが言った。油芽果達は後ろでに振り返る。
「其方は誰か ?」
 睨め付け油芽果が問うた。
「我が名は李禹。始皇帝の使いの者だ。」
 と、李禹はニヤリと笑みを浮かべた。
 此れが油芽果と李禹の出会いである。


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