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【読書感想文】筒井康隆「旅のラゴス」過程を楽しむということ

こんにちは!

久々に読書をしました。読んだのは、筒井康隆の「旅のラゴス」。

この小説、結構有名ですよね。筒井康隆の作品でいうと、私は「パプリカ」の印象が大きいです。今敏監督のアニメ映画「パプリカ」も大好きなのですが、原作である小説は映画以上に内容が濃くって、割と長い作品ではあるものの、それを感じさせないほど面白さは抜群。ですが、今回読んだ「旅のラゴス」は、最初の5分の1ほどがなんだかしんどくて、ずっと本棚に眠っていました。

完読した今、結論から言うと、すごく面白かったので、記録に残そうと思います。


「旅のラゴス」の一行あらすじ

「文明を失い、その代償として人間が特殊能力を持つ『この世界』で、先祖の残した書物を読むという目的のもと、ラゴスが人々との出逢いを繰り返しながら一生をかけて旅をする物語」

筒井康隆は、SFの作品でよく知られていると思います。今作品は、SF要素もありつつも、個人的にはファンタジーの要素も強い印象です。ジブリの「風の谷のナウシカ」とか、その辺りのイメージです。(気になってAmazonのレビューを読んでみたら、全く同じことを書いてる方が居ました。笑)

最初の5分の1が少ししんどい、と書きましたが、5分の1を読み終えると、私はすっかり「この世界」に溶け込むことができたと思います。

この物語で面白いのが、「この世界」は文明を失っており、原始的な生活を送っている人々がその代償としてなのか、代わりに特異能力を持ってたりするところ。例えば、「集団移動」や「壁抜け」、人と動物が心を通わす「同化」、そして「飛行」などです。ただ、こういった特異能力が完全に万能なわけではなく、「集団移動」をするためにはリスクがあったりします。

ラゴスは旅を続け、そしてやがて、「キチの村」に到着します。そこには、人々の先祖である「移住者」の残した書物があり、ラゴスは15年をかけて全て読破します。その書物を通じ、得た知識を使い、ラゴスの住む世界の文化を発展させていくのです。

王国を作った重要アイテム「コーヒー」

特に面白いなと思ったエピソードは「王国への道」で、ラゴスがコーヒーを発見するところです。村の人々が食べられないと思っていた「カナの実」が、実はコーヒーの実であったことに移住者の残した書物や日記を通して、ラゴスは気付きます。そして、ラゴスは村の人々へコーヒーの加工法を教え、そのおいしさを知ったこの世界の人々にとって、コーヒーは、村が王国に変化するほどに、経済も発展させる大変重要なアイテムとして登場します。

「カカラニがとってきてくれた身を見て、俺はそれが農業専門書の写真に載っていて、日記にも記されているコーヒーの実であることを知った…専門書に書かれていた加工法の過程をできるだけ忠実に行い、おれは二千年ぶりにコーヒーというものを味わう最初の人間となった。」

筒井康隆「旅のラゴス」新潮文庫、平成26年、130頁

コーヒー好きの私としては、こんなコーヒー発見の伝説があったら素敵だなぁと思わずにはいられません!そして、コーヒーのおいしさに村の人々は思わず感嘆の声を上げるのですが、だよね!コーヒー美味しいよね!なんて心の中で合いの手を入れていました。

SFの作品でこのようにコーヒーが貴重で重要なアイテムとして登場するのがとても嬉しいです!読みながらコーヒーが飲みたくなりました。

文明の発展とそのリスク

15年という長い歳月をかけて、農業や化学、医学に政治哲学など、幅広い知識を身につけるラゴス。博学多識であり、ジェントルマンなラゴスは村の人々から慕われ、「立派な人」として人々の支持を得ます。村に貢献するため、ラゴスは自身が身につけた知識を伝導するものの、急な文明発展のリスクもしっかりと伝えていく姿が印象的でした。

昨年「オッペンハイマー」を鑑賞した時、学者というのは探究心が深く、自身の理論を立証したくなる生き物であると感じましたが、その核爆弾というイノベーションにより導かれた悲劇もあったように、改革や革命には危険や弊害がつきものでもあります。知的好奇心が強くありながらも、決してそれに惑わされないラゴスは理想的なリーダー像だとも感じました。

また、「この世界」では人間奴隷の売買が存在していますが、時が経ち文明が発達していくにつれ、奴隷制度が小さくなっていくのもちょっとリアルだと思いました。

人生と旅は、過程を楽しむことである

「わたしがここへ来てあんたと会えたのも、わたしが氷の女王にあこがれたからではないからね。それにわたしは、そもそもがひとっ処にとどまっていられる人間ではなかった。だから旅を続けた。それ故にこそいろんな経験を重ねた。旅の目的はなんであっても良かったのかもしれない。たとえ死であってもだ。人生と同じようにね。」

筒井康隆「旅のラゴス」新潮文庫、平成26年、249頁

物語終盤、先祖の書物を読むという旅の目的を果たし、一旦は実家のあるキテロ市に帰還するラゴス。ですが、物語序盤で出会ったデーデという女性が忘れられず、彼女が氷の女王になったという伝説じみた話を信じて、また最後に旅へ出る決心をします。

ラゴスはデーデと再会することができるのか?その結末は小説では明らかにはされておらず、読者に委ねられています。

この小説で素敵だなぁと感じたのは、冒険物語であるものの、一つ一つのエピソードが華やかすぎない口調で物語が進んでいくことです。それは、きっと贅沢を好まず、旅の目的に縛られず、旅の過程やそこで出会う人を大事にするラゴスのキャラクターからきているものだと思います。

旅へ出るということは、自分の知らない世界を見にいくということ。風景も然り、食べ物も然り、人も然り。そして、さまざまな出会いと別れがあるのです。それは、楽しいことでもあり、辛いことでもあり、たまには悲しいことやうまくいかないこともある。それでも、その知らない何かや自分の衝動や憧れに突き動かされて、日々進んでいくたびに、貴重な経験を得ることができるのだと思います。

旅の目的は実はなんでもよくて、生きている目的もなんでも良い。

それよりも、生きてる中で、新しい何か、知らない何か、不思議な何かに触れること、出会うことの過程が大事なんですよね。

読み終わった時、清々しく、すごく爽やかな気持ちになりました。

周りになんと言われようと、どれだけ行かないでくれと懇願されても、自身の信念と衝動に基づいて旅に出るラゴス。「わたしも、一度きりの人生。旅の舵をとろう」そんな風に考えさせてくれる小説でした。


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