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もう一人の自分と暮らす

こんばんは。今朝起きたら、隣の家の屋根にうっすら雪が積もっていて、うれしくなって、そのまま雪が降っているのを眺めていました。いくつになっても、きれいな雪の朝はうれしいです。写真は、先週スーパーのお花コーナーでお得に売られていた花。色が抜けてきた花びらの先が、色鉛筆で塗ったみたいできれいです。もうちょっと飾っておこうと思っています。

最近は生活について考えることが多かったので、その中で見つけた小さな発見を書いておこうと思います。日記を書くときによく聞いている歌を置いておきますね。時々、ここに音楽のURLを置くのは、同じ曲を聞きながら読んでもらえたりしたらいいなぁと思ってのことです。

ずっと、心の端っこにうっすら残っていた言葉があります。大学生の頃、当時よく一緒にいた人と自炊の話になったとき、その人がぽつりと言った「自分のために、料理がんばれないんだよね」という言葉。それまで私は、自分でごはんを作って自分で食べるって、ごくあたりまえのことだと思っていたので、「自炊って、自分のためにがんばることだったんだ…」と静かな衝撃を受けました。「自分のために、ちゃんと料理するのって変なのかな…?」と思ったりもしました。もちろん、そんなことはないのですが。

自炊に限らず、「自分のために」って、なんだかちょっぴり恥ずかしくありませんか?「誰かのために」は、すんなり受け入れられるのに。不思議だなと、時々思います。

私は生活の中で、もう一人の自分のことをよく考えます。たとえば、朝家を出るときに考えるのは、夕方の自分。朝掃除して出かけるのは、帰ってきたときにうれしいはずだから。出張に行く前に何か料理しておくのは、クタクタで帰ってきたときにすぐ何か食べられたらうれしいから。一日一箇所大掃除をするのは、年末の私にぐったりしてほしくないから。思えばいつもこうやって、数時間後、数日後の自分のことを考えています。

部屋に飾るお花を買うのも、大好きなコーヒー豆を用意しておくのも、平日のために料理を作っておくのも、自分のためです。数時間前、数日前の私が残してくれたものを頼りに、今日もコツコツ暮らしています。

「自分を大切にする」って言葉があるけど、それが上手くできないときは、もう一人の自分と暮らしてみたらいいんじゃないかなと思います。誰かのためだと思えば、こうしてあげたいな、ああしてあげたいなって、きっとたくさん思いつくはずです。

こんなに書いてもやっぱりどこかで、自分のためにでいいんだろうかって気持ちがあります。そういうときは、自分を大切な人に置き換えて考えてみます。大切な人が、「自分を大切にしていいのかな」って目の前でつぶやいたら、迷わず「いいに決まってるよ」と言うはずです。

正々堂々と、自分のために生きるのは少々困難です。だから私はこれからも、もう一人の自分と一緒に暮らしていきたいです。

明日の私へ。今朝、雪を見たときに窓を拭いておきました。明日の朝、きっと今日よりいい光が入ります。それから夜、面倒だったけど台所だけきれいにしておきました。鍋を拭くところまではがんばれなかったので、朝起きたら片付けてください。最近とても眠いので、たくさん寝ておきますね。明日も、できるだけいい日を。

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