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【心に響く漢詩】無名氏「上邪」~天に誓う永遠の愛

    上邪   上邪(じょうや)
                             無名氏
  上邪  
  我欲與君相知  
  長命無絶衰
  山無陵
  江水爲竭
  冬雷震震
  夏雨雪
  天地合
  乃敢與君絶 

上(じょう)や
我(われ) 君(きみ)と相(あい)知(し)り
長(とこし)えに絶(た)え衰(おとろ)えること無(な)から命(し)めんと欲(ほっ)す
山(やま)に陵(おか)無(な)く
江水(こうすい)為(ため)に竭(つ)き
冬雷(とうらい)震震(しんしん)として
夏(なつ)に雪(ゆき)雨(ふ)り
天地(てんち)合(がっ)しなば
乃(すなわ)ち敢(あ)えて君(きみ)と絶(た)たん

 漢の武帝の時代、楽府(がくふ)という音楽を掌る役所が設けられました。そこでは、宮廷の祭儀の楽曲を制作すると共に、全国各地に伝わる民間歌謡を採集し、それらに音曲を付けて、楽歌として整理保存しました。

 のちに、この役所で収集整理された歌謡体の詩歌を指して、楽府と称するようになります。日本では、両者を区別するために、役所名を「がくふ」、詩体名を「がふ」と呼び分けています。

 漢の武帝は、音楽好きで知られています。音楽を掌る役所を設けた目的は、おそらく宮廷における自らの娯楽のためであったでしょう。

 しかし、表向きには、「民情を察するため」という名目になっています。つまり、民間に伝わる歌謡は、為政者が庶民の心情を察し、時の政治の善し悪しを判断する材料となるというわけです。楽府が「諷諭の文学」といわれる所以は、ここにあります。

漢の武帝
 

 楽府は、もともとは歌詞と音曲がセットになった楽曲でした。ところが、のちに、歌詞の方が一人歩きを始め、音曲と切り離されて、楽曲としてではなく、詩歌として歌われるようになります。

 楽府の内容は、当時の社会の現実をリアルに伝えるものです。民衆の生活の一コマをとらえて、ごく日常的な事柄を一篇の寸劇に仕立てたような叙事詩になっています。

 楽府は、苛酷な戦役を歌ったり、貧窮した庶民の苦難を歌ったりするものが多くを占めますが、その一方、男女の恋愛や婚姻を扱ったものも少なくありません。

 「上邪」は、女性が恋人に対して永遠の愛を天に誓った歌です。
 北宋の郭茂倩が編纂した『楽府詩集』では、「鼓吹曲辞」というグループに分類されています。

上(じょう)や
我(われ) 君(きみ)と相(あい)知(し)り
長(とこし)えに絶(た)え衰(おとろ)えること無から命(し)めんと欲(ほっ)す

――天よ!あなたと相知る仲となって、いつまでもこの気持ちが消え衰えることがないように願っています。

 「上」は、天。「邪」は、詠嘆の助字。「ああ、天よ!」と神に呼びかけ、誓いの言葉を発します。

山(やま)に陵(おか)無(な)く
江水(こうすい)為(ため)に竭(つ)き
冬雷(とうらい)震震(しんしん)として
夏(なつ)に雪(ゆき)雨(ふ)り
天地(てんち)合(がっ)しなば
乃(すなわ)ち敢(あ)えて君(きみ)と絶(た)たん

――山が崩れて平らになり、そのために川の水も涸れ尽き、冬に雷が鳴り、夏に雪が降り、天と地が合わさってしまうようなことが、もし起きたなら、その時、はじめてあなたと別れましょう。

 「天地合」は、天と地が一つになることです。
 中国の神話に、天地開闢にまつわる次のような話があります。

 はじめ、宇宙は、上も下もない混沌とした状態であった。その中で、巨人盤古(ばんこ)が生まれた。
 のちに、清らかな陽の気が上に向かって天となり、濁った陰の気が下に向かって地となった。
 天は日に一丈ずつ高くなり、地もまた日に一丈ずつ厚くなり、それに伴って、盤古の身長もどんどん伸びていった。
 天と地は、しだいに隔たりを増し、ついに九万里を隔てるようになった。

盤古

 「天地合」は、ちょうどこれと逆のことが起きることになります。
 つまり、この世が崩壊して、天地開闢以前の混沌とした状態に戻ってしまうことをいいます。

 この歌は、まったくあり得ない天変地異を並べ、そのようなことが起きて、この世が終わるようなことがない限り、わたしは決してあなたから離れません、という永遠の愛の誓いです。

 「鼓吹曲辞」は、主に、軍歌として歌われたものを集めています。
 「上邪」も、戦争に関係する歌であるとすれば、出征兵士に対して、恋人あるいは若妻が、切々と胸の内を吐露した歌であったのかもしれません。

 何が起ころうとも、絶対に、絶対に、あなたから離れません!
 少しの飾りも恥じらいもなく、力強く、ストレートに迫る愛の言葉です。
 古代の若い男女の赤裸々な情熱を感じさせる恋歌です。


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