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松ぼっけり

プールの裏に小さい森みたいなところがある。

中学の敷地の端っこも端っこ。

月初、ここが受け渡しの場所。

親の財布からこつこつ抜いてきた積み重ねの5万。

案外バレないもんである。

あなたの財布にいま千円札が何枚入っているかわかりますか?

そんなもんで楽勝。

でも僕にも罪悪感ってのがあって。

別に暴力を振るわれるわけでもないし、苦痛ではないが無くなった方がいい風習である。

「ちょっともうやめたいんやけど」

「え?」

笠岡が千円札の束を数えている。

「今月でもうやめたいんやけど」

「あーもうわからんくなったやんけ」

中盤で数えるのをやめる。

「なんや、親にバレたんか」

「いや、別にバレてないんやけど」

「じゃあええやんけ」

「ただ、やめたいねん」

「んー、あかん」

笠岡がまた1から数え始める。

その手を押しはたいて札束が散らばった。

自分でも思いも寄らない行動で、空気が体感10秒ほど止まった。

「…わかった、ただ条件がある」

雨上がりの茶色い土にまみれた札束を回収しながら、笠岡が言う。

「松ぼっけりで勝負や」

「…松ぼっくりで勝負?」

「松ぼっ蹴り、蹴るな、足で蹴るの蹴り、松ぼっくり、、じゃあ、これが俺で、これがお前のや」

笠岡が札束を拾う流れで落ちている松ぼっくりを2つピッピッとピックアップして見せた。

「この松ぼっくりを蹴って、あの木に先に当てた方が勝ちな、お前が勝ったらもうやめたるわ」

「えーマジで」

まさかのフィフティフィフティな提案と、普通におもろそうなオリジナルゲームに少しときめいた。

「え、これは、交互に?」

「うん、お前からでええで」

「えーええの?」

「いや有利も不利もないから、打数の問題やから」

「打数か」

松ぼっくりを蹴る、蹴ったことはあるのだろうが、記憶にない。

どれくらいの強さで蹴ればいいのだろうか。

楽し~。

このゲーム性すごい。

これは絶対に初心者同士がやった方がおもろい。

その確信が蹴る前からあった。

「スポーツ選手ってそのスポーツが得意なだけで金もらいすぎよな」

という会話で小5のとき盛り上がったのだが、それが誰と盛り上がったのかだけが思い出せなかったのがいま思い出した。

笠岡だ。

「お前なに笑ろてんねん、はよ蹴れや」

「いや、スポーツ選手ってそのスポーツが得意なだけで金もらいすぎよな(笑)」

「なに言うてんねん、はよ蹴れ」

1打目、松ぼっくりは宙に浮くこともなく、5mほど先の木に全く及ばない左側に転がっていった。

白い運動靴のつま先がその割に合わないくらい水土に汚れている。

「全然あかんやん、ほんまにやめたいんか」

「やめたいわ」

笠岡の1打目。

松ぼっくりが目線くらい宙に浮いて、まさか木に当たった。

体を折り曲げて爆笑してしまった。

「なに笑ろてんねん」

折り曲げたまま見上げると笠岡も顔がニタんでいた。

「なんで上手いねん(笑)」

「知らんわ」

「練習してきたやろ(笑)」

「するかぁ、いま考えたんじゃ適当に」

「松ぼっ蹴りて(笑)」

「うっさいねん」

「考えてきた名前やろ(笑)」

「お前しばくぞ」

関係性は戻らなくても、この瞬間は確かに小5だった。

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