もっと聞かせて

昨日、家に帰るとおばあちゃんがすごく素敵なオレンジ色のカットソーを着ていた。夏にぴったりで、見ているだけで元気が出るような、それでいて派手でない枇杷のような色。薄っすらと見える横縞の織からは上品さも滲んでいて、それがおばあちゃんには本当によく似合っていた。

「それ、いいね」

「ただいま」より先に、言いたかった。

「そう?派手じゃないかねぇ?」

嬉しそうに微笑む。それでも、おばあちゃんはいつも控えめだ。

「本当はお出かけ着なんよ。でももう、お出かけすることもないでしょ?昔買ったけど、あんまり着てないからもったいなくて。まだ着てもいいと思う?」

「うん、全然大丈夫。すごく似合うし、夏らしくていいと思うよ!」

「似合う」「きれいな色」と私が繰り返すと、おばあちゃんはまた笑う。リビングのローテーブルにパソコンを置いて私が原稿を書き始めると、テレビの音をそっと小さくしてくれる。野球中継で応援しているチームの選手が打つと、小さく拍手して「日頃の行いがいいんじゃろうねえ」と呟く。キーボードを叩いていても、ふふ、と私まで笑みがこぼれる。

心臓のところが、ぎゅっとする。私は、おばあちゃんのことがすごく好きだ。

おばあちゃんは、いつも他の人のことばかり考えている。

近所で評判のきゅうり漬けは、毎年たくさん仕込むのに家ではほとんど食べない。畑で作る果物や野菜の初物はいつも、子どもや私たち孫に食べさせてくれる。私の話はたくさん聞いてくれるのに、自分の話はあまりしない。どこかが痛くても、それを教えてくれるのはいつもそれが治ってからだ。

きっとこれまでに、たくさん我慢してきたのだと思う。「いっぱい我慢した?」と聞くと、「そういう時代だったんよ」と言う。そうやって周りの人を優先してきたおばあちゃんは、優しくて強い。

だから、これからおばあちゃんにもっともっと楽しいことがあるといいな、と思う。好きな色の服を着て、好きなものをたくさん食べて、たくさん一緒にときめいて、どきどきしたい。

私は、おばあちゃんの話をもっとたくさん聞きたい。「似合うね」と言ったら謙遜する控えめなおばあちゃんも素敵だけれど、にっこり笑うその笑顔が好きだ。「大変なことあった?」と聞いたら、思いっきり苦労話もして欲しい。痛いところがあったら、すぐに教えてね。これまで、私の話ばかりたくさん聞いてもらってしまったから。

「私が生まれたとき、おばあちゃんは何歳だった?」

「52歳かねぇ」

「じゃあおばあちゃんが120歳まで生きるとして……。そしたら私は68歳。おばあちゃんふたりで話してるの想像したら面白いね」

「そんなに生きられんよ」と、おばあちゃんは笑う。

「そんなことないよ。医療は日々進歩してるよ」

うふふ、と笑うとオレンジ色のカットソーが揺れる。品のあるオレンジ色は、おばあちゃんにすごく似合っている。

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