ぐつぐつ、きらきら

落ち込むことがあると、いつもジャムを煮ることにしている。

果物は何でもいいのだけれど、できれば柑橘が数種類あるといい。おすすめは清見とレモンのミックス。ご近所さんからのおすそ分けだったりしたら、さらにおいしくなる気がする。

ぐつぐつ煮詰めれば、その先にはいつも、笑っている私がいる。

まずは皮をしっかり洗って、柑橘をざっくり6等分に切る。しゅわ、と香りが立ちのぼり、瑞々しいオレンジ色が零れだす。わ、と声が漏れる。

手で皮を剥いたら、皮を鍋に入れて3回ゆでこぼす。お湯を捨てると、ぽこん、と音を立てるシンク。よくないとは知っているけれど、何だかあの音が聞きたくてざばざばとお湯を流す。白い湯気がふわりと立ちのぼり、キッチンは爽やかな香りに包まれる。

そしてここからが楽しいところだ。すっかり柔らかくなった皮を、細く細く刻む。包丁の重さで自然に、かつ素早く。近所のラーメン屋のおじさんがネギを切る速さに挑むのだ。とんとんとんとん、と途切れることのないリズム。キッチンに満ちる香り。父が何を作っているのか、と見学に来る。

「ジャム?」

「うん。大泉洋とパン屋したら売るの」

私は大泉洋出演の映画『しあわせのパン』が大好きなのだ。あの世界観に私が憧れていることを、父は知っている。

「だめ、ギャラが経営を圧迫します」

「いいもん、パン高値で売るんだもん」

ふーん、と去っていく父を尻目に実を取り出す。薄い皮にそっと切り込みを入れて、できるだけ実をくずさないように。刻んだ皮と合わせて鍋に入れて重さをはかり、その半分より少し多いくらいの量の砂糖を入れる。

しばらくするとじわりと水分がにじみ出る。そろそろかな、とコンロにかけ、年季の入った木べらでじっくりかき混ぜる。小さな泡がふつふつと沸き、そしてぐつぐつと大きな音を立て始める。

次に通りかかったのは母だ。息を潜めて鍋を見つめる私に、恐る恐る声をかけてくる。

「……大丈夫?」

「うん、自分が煮詰まる代わりにジャム煮詰めてる」

ふーん、と去っていく母を尻目にジャムをかき混ぜる。底を大きく攫うとじゅわ、と大きな音がする。ぐつぐつ、ぐつぐつ。じゅわ。

やがて煮詰まり、ジャムはきらきらと輝きだす。熱いうちに瓶に詰め、ひっくり返す。オレンジ色の小さな瓶がいくつも逆立ちをしている、愛おしい眺め。大満足だ。

次の日の朝、パンにのせて食べてみる。「美味しいよ」と父と母も言う。作っているときは放っておいてくれることに、私は本当は気づいている。

さく、と最後の一口を口に入れる。そういえば、どうしてジャムを煮ることにしたんだっけ。まぁ、いっか。

気づけばそろそろ、家を出る時間だ。

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こちらの企画に参加させていただきます。

和花さん、よろしくお願いいたします!

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