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江戸の画法書#1 『本朝画法大伝』-悲運の秘伝書①-

日本初の画法書

『本朝画法大伝』はなんといっても日本初の画法書です。これを語らずして日本の画法書を語ることはできません。かつて日本絵画の画法は”秘伝”とされ、師から弟子へと口伝でしか伝えられませんでした。決して文字に著してはいけなかったのです。この禁忌を破ったのがこの書といえるでしょう。ただ残念なことに『本朝画法大伝』は原本は現存せず、1822年(文政5年)の写本が東京藝術大学の図書館に所蔵されるのみです。巻首三丁に『和漢画祖伝記』が混入していたり、技法の解説につじつまの合わない箇所や欠落箇所があったりするものの、文字史料として読める最古の画法書として大変貴重なものであることには揺るぎありません。現在では坂崎坦『日本画の精神』ぺりかん社1995年などで見出すことができます。

画法書の悲運

ところで何故、土佐光起は禁忌を破り、画法を文字で記したのでしょうか。これは推測の域を出ることはできませんが、光起の経歴にあるように思えます。

光起といえば土佐派中興の祖といわれます。光起は1654年に38歳で、土佐光元が戦死した1569年以来失われていた宮廷の絵所預職に就きました。これは土佐派の悲願であったことでしょう。また狩野派や宋元画を学び、新しい土佐派様式をも確立しました。そして死の前年である74歳の時に著したのがこの『本朝画法大伝』です。老い先短いと悟った光起がせっかく興した土佐派を衰退させてはならないと思ったことは想像に難くありません。その覚悟のようなものが巻末の一文から窺えます。

右画法大傅一卷者我家傅来之/秘法也恐觝他耳而不成卷帙只/以口
授然亦後世患有違乖今/授禿毫勒為一卷藏諸家敢勿/投他掌

とあります。
「右の画法大伝一巻は我が家伝来の秘法である。他者の耳に入るのを恐れて、これまで口授をもって伝え卷帙をなさなかった。けれども後世に誤った内容が伝わるのを恐れ、一巻となした。決して他のものの手に渡ることのないように。」
でしょうか。要するに”絶対渡すなよ”と書いてあるのです。ところがなんと、この20数年後にはライバルである狩野派の林守篤が著した『画筌』にはこの『本朝画法大伝』がほぼ丸パクリされて掲載されてしまいました。『画筌』はとても充実した画法書で画法のほかに絵手本や表具の解説も収録されています。パクッてすぐに刊行できるような内容ではありません。光起の書はあっという間に”他の諸家”へと渡ってしまったのでしょう。ともあれ、この『本朝画法大伝』の流出により、江戸中期の出版ブームも相まって、画法書は次々と刊行されるようになるのです。

内容

以下は私が抜き出した見出しです。

六法 三品 十二忌 製作楷摸 山水総論 画論秘訣 彩色 地引法 付立隈彫塗 殺塗 退塗 括端 繧繝彩 粉本紙 念紙 焚筆 裏焚筆 藁筆 墨 硯 紙 筆・刷毛 礬水 朱印色 花押印 板に描法 絹に描法 
不地紙 菖蒲旗額 画具製法並染法極秘伝 金銀泥消法並彩法 黄明膠 
餌煉 彩色詞 切箔の図 彩色(本文欠落) 人体 山岩 水 波濤・雌雄荒濤・大洋 奇峰 遠水 竹水 下草 苔 正誤 菅公の図の論

まず六法・三品・十二忌などの中国画論にみる画論が述べられます。絵師にとって一番重要なことだったのでしょう。初期の画法書の特徴です。次いで彩色法・画材の説明や製法・描法など大和絵技法が述べられます。その項目は非常にこまかく分類されていて、絵具についての記述は「画具製法並染法極秘伝」に見ることができます。極秘伝なんて言われるとドキドキしますが、記載される絵具は紺青・群青・緑青・花紺青・銀朱・丹・弁柄・胡粉・紫土・燕脂・銅緑・朱砂・雄黄・赭石・雲母・干澱(藍)などで、そのほかに三十種類以上もの混合色が名前を連ねます。私が技法書を整理していて気になったのはこの混合色です。このことについてはまた別の機会に詳しく説明したいと思いますが、ほとんどの画法書に混合技法は多くの紙面を裂いて説明されるのです。今では考えられません。当然江戸時代には新岩絵具のような便利な絵具はありませんから、中間色を出すためには混色か重色をするしかなかったのでしょう。(もちろん今でも混色や重色をしますが、画家の自由で決まりはありません)。そのため比重の違う岩絵具や染料をうまく混色・重色(混合)し、多くの色を生み出すことが極極秘伝だったのだと思います。我々日本画家からするとふーんそりゃそうだよねとしか思わないのですが、このことについてTwitterでつぶやいたら当時100人程度しかフォロワーがいなかったのですが、予想以上にいいねが付きました。

これ地味だから上げるかどうしようか悩んだのですが、意外でした。

さらに詳しい内容については長くなるので次回に。

参考文献
坂崎坦編『日本絵画論大系Ⅰ~Ⅴ』名著普及会1980年
東京藝術大学附属図書館『東京藝術大学創立100周年記念 貴重図書展 解題目録』1987年
染谷香理「【資料】日本画技法書便覧〔江戸中期~幕末篇〕」『東京藝術大学美術学部論叢第12号』2016年
染谷香理『日本画画材関連史料翻刻集Ⅰ(江戸中期篇)』2018年


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