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SHORT SHORT STORIES

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作家・木下昌輝さん発案のtwitter企画、「記念日にショートショートを」。祝祭日や記念日などをテーマにした1500字程度の掌編を、プロ作家有志がtwitter上で無料公開してい… もっと読む
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#短編

かわるんだ

■2019/05/01 テーマ「新元号」  ゲンが腕時計に目を落とすと、「1158」という数字の並びが目に飛び込んできた。あと二分か、と独り言が口をついて出るが、海鳴りのような音にかき消されて空気に溶けた。音の正体は、サーバーの冷却ファンだ。  ゲンがいるのは、深夜零時前のデータセンタだ。ここには、ゲンの会社が運用を請け負っている会社のセンターサーバが置かれている。SE、つまりシステムエンジニアのゲンは、障害起きた場合の対応要員として、誰もいないデータセンタのサーバルームに

レイ君の野望

■2019/02/11 建国記念の日  レイ君というのは、小学校時代の同級生だ。彼と話すようになったのは、給食の時間に牛乳が苦手で飲めずにいた僕がいじめられていたところを助けてくれたからだ。  レイ君は変わった子だった。将来何になりたい? という質問には、必ず「王様」と答えた。なんでも、王様になって自分の王国を建国するのが夢なのだという。僕を助けてくれたのも、家来にするためだったそうだ。  王になるためにはどうすればいいか。レイ君は、馬とお妃が要る、と考えていた。王に美しい

有罪モラトリアム

■2019/01/14 成人の日  目の前にある「成人式式場」という立て看板を蹴り飛ばすと、神室は唾を吐いた。後ろには、四人の仲間たち。全員羽織袴姿で、髪型は威圧感が出るように仕上げてきていた。 「じゃあ、行きますかねえ!」  成人式? くそくらえだ。やつら大人は、社会の犬を量産しようとしているだけだ。文句を言わずに働いて、税金を納めるだけの家畜。それを幸せだと信じ込まされて、牙を抜かれる。大人の都合で作られた儀式などブチ壊して、小さくまとまろうとする同年代のやつらに思い

ティル・ドーン

■2019/01/01 元日  車のヘッドライトが消えると、思った以上の暗闇だ。ざざ、という波の音だけが聞こえてくる。少し先には、デザイン性のかけらも感じられない地味な灯台の影が見えた。海の方向に向かって歩きながら、時刻を確かめる。日の出まではまだ少し時間がある。 「よう、ニイチャン」  どきりとして顔を上げる。目を凝らして見ると、灯台の根元に人の影が見えた。 「な、なんすか」 「こっちに来て一杯やらねえか」  男は、持っていたライトの光でチューハイの缶を照らした。

カボチャ

■2018/10/31 ハロウィン  エマの目に、丘の上の神殿が見えてきた。村人の持つ松明の灯が、巨石を円形に並べた神殿に吸い寄せられるように集まっていく。 「ここが、神殿?」 「そうだ」  返事をしたのは、エマの父だ。精霊を模した気味の悪い仮面をつけていて、その奥の表情はわからない。エマも父と同じ仮面を被っている。歩くのには邪魔だが、夜が明けるまで仮面を取ることは許されない。  新年の前日になると、賢者たちは村人たちの家にやってくる。賢者は手にした樫の杖で戸を叩き、く

いただきます

■2018/08/11 山の日 よう、と、ヒデさんが僕の前にやってきて、白い発泡スチロールの器を差し出した。ゴロゴロとした肉の塊と、脂の浮いた汁が入っている。野菜も薬味もない、シンプルな汁だ。 「自分で仕留めたヤツだからの。ウマいど」  ヒデさんは御年八十にして今なお現役のマタギである。地元猟友会の長老的存在で、数多の獣を仕留めてきた大ベテランだ。対する僕は、狩猟歴三年のド新米である。僕も、新米なりにこれまで鴨や猪は撃ってきたのだが、今日の獲物は格が違った。  熊である

父の日は、母と二人で

■2018/6/17 父の日  学校から帰ってきた結乃がドアを開けると、いつもは遅くまで仕事をしている母がすでに帰宅して台所に立っていた。ダイニングテーブルには豪華なごちそうが並んでいた。  そっか、今日は父の日だ。  急いで服を着替え、食卓につく。母が腕によりをかけて作った料理はどれもおいしそうだ。つまみ食いをしようとすると、母に思い切り睨まれた。ごめんなさい、と謝る。  母が手を胸の前で組み、目を閉じた。結乃も同じようにして目を閉じる。お父さん、生まれてきてくださって

なんでもよくない

■2018/5/13 母の日 「そんなの、なんでもよくない?」 「なんでもよくないよ」  彩子が、高校で同じクラスの菜々美から「母の日のプレゼントは何にすればいいのか」という相談を受けたのは、母の日当日、日曜日の夕方、部活の練習明けのことだった。 「お母さんなんだからさ、娘がくれたものならなんでも嬉しいと思うよ?」 「それよく言うけどさ。じゃあ、塩五キロとかもらって、嬉しいと思う?」  彩子が、塩五キロ? と返すと、菜々美は大真面目な顔で、塩五キロ。と頷いた。 「そ

グリーン・デイ

■2018/5/3 みどりの日  空を泳ぐ鯉のぼり。賃貸アパートのベランダではあるが、鯉は風を受けて元気に泳ぎ出した。子供を抱いた妻が俺を見守っている。仕事が忙しくて、鯉のぼりを揚げるのが「こどもの日」の直前になってしまった。五月四日。カレンダーには、赤い字で「みどりの日」と書かれている。 「あれ? 今日って、みどりの日だっけ?」 「なにそれ。どういう意味?」  妻が、何を言っているの? という顔で俺を見た。気になってスマホを手にする。違和感は間違いではなかった。俺が若

読書家の夫

■2018/4/23 サン・ジョルディの日  私の夫は、読書家だ。本を手にすると、周りのことが見えなくなるほど集中する。ご飯を食べる時も、お風呂に入る時も、片時も本を手放さない。一度など、犬の散歩に出たまま帰ってこなかったこともあった。心配して迎えに行ってみると、夫は散歩など忘れ、公園のベンチで読書に耽っていた。犬は、すっかりふてくされていた。  そんな読書家の夫に私は今日、本を一冊プレゼントした。夫は首を傾げ、「結婚記念日じゃないよね?」と変な確認をした。結婚記念日は六月

綿貫先生は嘘をつかない

■2018/4/1 エイプリルフール  病室のカーテンを開けると、古谷さんがぼんやり天井を見上げていた。私が具合を聞くと、痛えよ、と一言だけ返ってきた。古谷さんは御年七十五歳のご老人で、私の勤める病院に入院中だ。先日手術を受けたばかりで、まだ切った痕が痛むらしい。 「もうすぐ、先生来ますからね」  私はすばやく古谷さんの熱と血圧を測る。いつもは私の手際に文句を言う古谷さんだが、今日は妙に口数が少ない。 「お加減、いかがですか」  仕切り用のカーテンをしゃっと開けて、

おかえし

■2018/3/14 ホワイトデー 「また今年も白いもんにしたのか?」 「そりゃ、ホワイトデーだからな」  海沿いの道を軽トラで走りながら、トモがそう答えた。トモは毎年この時期になると、「ヨメへのバレンタインのおかえしをどうすればいいのか問題」に頭を悩ませる。だが、俺はそういったことにはまるで無頓着で、これといったアドバイスはしてやれない。 「別に、ホワイトデーだからって白いもんじゃなくてもいいらしいけどな」 「え、そうなの? マジで?」  トモは、ホワイトデーのおか

ひなまつりをもう一度

■2018/3/3 ひなまつり  鳩時計が、ほっほ、と正午を告げる。床の間には人の姿がなく、しんと静まり返っていた。中央に置かれた木のテーブルに、ラップのかかった寿司桶がいくつか並べられている。近所の「弥生鮨」のものだ。  俺が、旨そうだな、と寿司を覗き見ていると、母さんがやってきた。ごちそうを目の前にしているのに、どこか不安げに見える。 「え、おまえ、それはないだろう」  廊下から、父さんの声が聞こえる。 「だって、もう寿司きちゃったぞ。おまえな、勝手に、って言い方