見出し画像

有罪モラトリアム

■2019/01/14 成人の日


 目の前にある「成人式式場」という立て看板を蹴り飛ばすと、神室かむろ は唾を吐いた。後ろには、四人の仲間たち。全員羽織袴姿で、髪型は威圧感が出るように仕上げてきていた。

「じゃあ、行きますかねえ!」

 成人式? くそくらえだ。やつら大人は、社会の犬を量産しようとしているだけだ。文句を言わずに働いて、税金を納めるだけの家畜。それを幸せだと信じ込まされて、牙を抜かれる。大人の都合で作られた儀式などブチ壊して、小さくまとまろうとする同年代のやつらに思い知らせてやらなければならない。そう思って、神室は仲間を集めたのだ。

 会場の引き戸を上げると、予想通り、壇上で市長がくだらない話をだらだらとしているところだった。早速仲間の一人が爆竹を鳴らし、話を妨害する。さんざんおちょくって、大人の情けなさをさらけ出してやるのだ。
 爆竹やロケット花火。大音響を流すラジカセ。これだけの妨害をすれば、血相を変えた大人たちが集まってくる。市長は顔を真っ赤にして憤慨し、怒鳴り散らすだろう。こんな悪ふざけに振り回される大人たちの姿は、めちゃくちゃダサいに違いない。

「おら、くだんねえ話してんじゃねえよ!」

 神室が、持っていた酒瓶を市長に向かって投げつけた。少しビビらせるつもりだったが、妙に勢いがついて、瓶が市長の頭に当たって砕けた。あ、やっべ、と神室は舌を出す。
 だが、市長はまるで話を止める気配がなかった。神室ら五人は、ようやく会場の異様さに気がついた。これだけ目立つ人間が暴れても、誰一人口を開かないのだ。静寂の中、市長の説教臭いスピーチが続いている。まるで、神室たちなど存在していないかのようだ。

「やめろっつんてんだよ、ジジイ!」

 苛立った神室は、壇上に上がってマイクを手で払い飛ばす。ようやく、額から血を流した市長が、神室に目を向けた。なんだよ、やんのかジジイ。そう言いかけた瞬間、目の前が真っ暗になった。殴られたのだ。

「おい、市長が市民を殴っていいのかよ!」

 市長が何も言わずに、さっと手を上げる。どこからともなく現れた警備の人間が、神室たちをあっという間に取り押さえ、そのまま壇上に引きずり上げた。両腕を後ろ手に拘束されて、無理矢理ひざまづかされる。

「さて、新成人の皆さん。今日から皆さんは大人の仲間入りです」

 市長がマイクを拾い上げ、淡々とスピーチを続ける。神室の仲間が、ふざけてんじゃねえぞ! と、声を張り上げた。瞬間、警備員たちに金属の棒で滅多打ちにされた。取り押さえるというレベルではない。やがて、仲間の一人は突っ伏したまま動かなくなった。

 市長が神室たちに向き直って、にこやかに笑みを浮かべた。そして、マイクを切って、口を開く。

「覚えているか? 君たちが中学校一年の時、自殺した同級生がいただろ」

 神室は、知らねえよ、と言いかけたが、校舎の屋上から飛び降りた生徒の顔が思い浮かんだ。陰気で、見ているだけでムカつくやつだった。時折殴ったり金を持ってこさせたりしていたので、死んだときはヤベえ、と思ったが、結局はいじめなどなかったことになった。

 そう言えばそいつは、市長と顔がよく似ていた気がする。

「大人と子供の大きな違い。それは、行動や生活に責任を負わねばならない、ということです」

 市長が、また抑揚のない声で会場に向かって語り掛けた。よく見ると、会場の新成人たちも、椅子に縛りつけられ、青ざめている。なんなんだこれは、と、神室は愕然とした。

「今日は、責任の取り方について、みなさんじっくりと学びましょう」

 市長のうつろな目が、神室を見た。おい、何する気だ、という声は出なかった。市長が再び近づいてきて、神室に耳打ちをした。

「大人を舐めるなよ、ガキども」

小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp