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私の読書●小説家志望の読書日記㉔『私の男』桜庭一樹

 桜庭一樹『私の男』。初読み。

 小説の冒頭が、うまいというか、ある種お手本のようで感じ入ったので、引用しておきます。

 「私の男は、ぬすんだ傘をゆっくりと広げながら、こちらに歩いてきた。日暮れよりすこしはやく夜が降りてきた。午後六時過ぎの銀座、並木通り。彼の古びた革靴が、アスファルトを輝かせる水たまりを踏み荒らし、ためらいなく濡れながら近づいてくる。店先のウィンドウにくっついて雨宿りしていたわたしに、ぬすんだ傘を差しだした。その流れるような動きは、傘盗人なのに、落ちぶれ貴族のようにどこか優雅だった。これは、いっそううつくしい、と言い切ってもよい姿のようにわたしは思った。

 「私の男」に含まれる意味、「ぬすんだ」というその人の行為、雨の天気、時刻、場所。「古びた革靴」、「落ちぶれ貴族」の譬え、「優雅」というその形容、そして、「わたし」の受け止め方(「いっそううつくしい、と言い切ってもよい姿」)。全体にカメラアイというのか、映像のように流れ、近づいてくる叙述。
 すうーっと無理なくその作品世界に誘導し、内容へのひっかかりを喚起しつつ次につなげていく、実にうまい。真似したいな、と思った。


 章ごとに、時間がさかのぼり語り手が変わる少し複雑な構成になっています。でも、第1章でおおよその予測はつくので、真相が徐々に明らかになっていくというような感じはやや薄まってしまいます。


 ただ、それでも丁寧に描写されているので、読ませるのですが、やっぱり圧巻は最終章でしょう。


 男性の依存の本質が、グロテスクではあるけれども、切なく、はたと「花」はいったい何者なのか? と振り返らざるを得なくなり、また第1章に戻りたくなる。
 そういう意味で、よくできています。

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