見出し画像

料理家は、てらいなくまっすぐに

週末はnoteのイベント『こうして私は料理家になった』で、新刊2冊を出された今井真実さん、本を担当した、杉浦さん、林さん、筒井さんという3人の編集者と話をしました。

私は今回、聴き手という役割です。料理家が料理家にインタビューすることはなかなか珍しいこと。料理家同士は仕事上の交流も少なく、それだけに同業者だからこそ知りたい内容を聴けるチャンスでもあります。役得ですね。

事前に担当ディレクターが数時間にも及ぶ今井さんへのヒアリングを丁寧にしてくださったこともあり、今井さんの料理家としての経歴、SNSの活用の仕方やレシピで大事にしていること、そんな今井さんをプロの編集者がどう見ているかなど、ギュッと内容の濃いトークになりました。アーカイブも残っているので聞いてみてください。このnoteでは、今井さんの本の出版に関するお話を補足的に。

2020年夏、別の仕事でご一緒したある出版社の方から私へメールがきました。フリーランスの編集者が、料理書の企画を持ち込んできた。でも、わが社は料理本を出したことがなく制作や販売の実績がないので、有賀さん知り合いの料理系の出版社を紹介してくれないだろうか。そんな内容でした。いいですよ、誰の本ですか?と尋ねたところ、今井真実さんだというではありませんか。

私と今井さんはそのときすでに交流がありました。2019年頃からTwitterでは料理に関するおしゃべりをしていましたし、今井さんがnoteに積極的にレシピを出すようになってからはその料理の素晴らしさ、またSNSでもいかんなく発揮されているふんわり温かい世界観にひかれていた一人でした。
私自身、初めて本を出そうとしたとき、出版社にアタックしては挫折を繰り返した経験があります。料理本の出版社とつながることはそう簡単ではなかったから、せめて入口だけでも何かできることがあればと思って、お引き受けしました。
そのとき出会ったのが『毎日のあたらしい料理』を担当した編集者の林さやかさんです。林さんは、今井さんのレシピとその文章にほれ込み、初めてのレシピ本を作ってみたいという強い思いを持っていました。

手始めに、今井真実さんに合いそうと思った出版社の一つに打診してみました。すると「フォロワー数が少なすぎて営業を説得できない」という残念な返事でした。その時期、出版社によってはフォロワー数の多い、いわゆるインフルエンサーと呼ばれる料理家を狙って本を出すことが盛んでした。編集がどんなにこの人はよい!と思っても、営業や会社の上の判断でNOが出ると、本は出せないのです。

他でも同じようなことを言われる可能性は高いかも…と思い、私は、企画をもう少し尖らせてみたらどうか、という話を林さんにしました。というのも、林さんの企画は今井真実さんの世界観をそのまま出すという内容のものだったからです。

これは一般的な話として聞いてほしいのですが、誰もが知っている料理家さんなんて、正直なところ、栗原はるみさん、平野レミさん、土井善晴さんぐらい。最近だったらリュウジさんや志麻さんで、せいぜいではないでしょうか。だからレシピ本は読む人のニーズを掘り起こしつつ「簡単おかず365」「フライパンひとつでできる料理」「スープ弁当」みたいな、テーマがはっきりした、企画性のあるものを出していくのが基本です。
「私の家でのいつものごはん」みたいな本が会議で通るのは、かなり大御所の料理家なのです。実力は認めつつも書店で無名の今井さんがその企画で戦うのはなかなか大変じゃないかと思ったわけです。でもそれは、私の考えの浅さ、料理本に対する理解の薄さでもありました。

結局、その後すこし時間が空いて、2021年夏にKADOKAWA、そして左右社が相次いで声をかけたということになります。今井さんはすでに多くのメディアで引っ張りだことなっていました。私が特に何かやったから、ということではありません。今井さんの実力です。

ただ、今回今井さんの本に関わった編集者3人は決して今井さんが売れっ子だから本を作りたい、と思ったわけではありません。3人とも、ひとりの生活者として「自分のごはんをなんとかしてくれる救世主」としての今井さんの存在に惚れ込み、その結果、自分で彼女の本を作ってみたい、というところから企画がスタートしていました。

これは著者として、本当に本当に幸せなことだと思います。今井さんの『新しいまいにちの料理』を手に取ったとき、一冊目にしてなんと堂々とした本なのだろうと驚きました。今井さんがSNSで発表してきたベストレシピ。夫である今井裕治さんの親密感のある写真。肩の力の抜けた日常を綴るコラム。それは家庭料理を発信する料理家のレシピ本として、最もまっすぐな形です。
そして明日3月28日に出る、エッセイ×レシピ本『いい日だった、と眠れるように』もまた、今井さんの日々の言葉と料理を淡々と紡いだ、とても素直な本でした。

決して、今井さんの運が良かったからではありません。「誰に向けてどんなメッセージをどういう表現で届けていくか」という、本来出版社が考える部分を、今井さんがすでに自分のレシピやコラムによって巧まずもしっかりとnoteの上で形にしていたからです。

今井さんは今回の対談で、レシピは単なる作りかただけではなく、日常のバックグラウンド、食の周りに何があるかというところまで提案していきたい、と言っていました。
何も考えたくないときにも作れて、それでいてすごくおいしい。そんな生活に寄り添った料理を13年前からコツコツと発信してきた今井さんは、すでに多くの読者をしっかりとつかんでいたのであり、アンテナの高い編集者たちは今井さんが発信するメッセージをしっかりとキャッチしていたのです。
売れるかどうかという観点より、てらいなく、その人の仕事に真摯に取り組んでいる人たちの本を出したいという視点で見ている編集者も多いということを知っておいてほしいと言ったのは林さん。KADOKAWAの杉浦さんは、もうフォロワーだけを見る時代ではないと、はっきりおっしゃっていました。レシピ本のない左右社から今井さんの本を出した筒井さんも、単なるレシピだけではない何かを今井さんに見ていました。

この『私はこうして料理家になった』の企画は、料理家になりたい人を応援するという目的でスタートしました。料理家になるための具体的なヒントはもちろんですが、料理家って何を届ける仕事なのか、ということの再認識もしていくことになるはず。
自分の芯をぶらさずに活動を続け、まっすぐにレシピと人間性を読者に届けてきた今井さんに最初の回で登場いただいたことは、非常によかったと思いました。

この後もさまざまな料理家の方をゲストにお迎えする予定で、私自身もわくわくしています。
その時間に見られなかった方もYouTubeのアーカイブなどに残るので、ぜひご覧ください。

今井真実さん、お話ありがとうございました。司会進行&料理をしてくれた志村さんもお疲れ様でした!



読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。