GUILTY&FAIRLY 『紅 別の世界とその続き』著 渡邊 薫
第五章 こちらの世界のジャン
朝、ベッドで目覚めてまた思った。
夢かもしれないと。
けれど、昨日帰って投げ散らかしていた荷物を見て、ああ、やっぱり夢ではなかった、という思いが頭をよぎる。
僕はキッチンへと行き、我が家とほとんど変わらない家で、水を飲みながら思った。
こっちの世界のジャンはどこに行った?
リリーは、昨日僕を見て、どう見てもジャンだ。と言っていた。
という事は、見た目は殆ど変わらない。
けれど、ウィリアムやオリバーも全然違う雰囲気だった。
リリーだってそうだ。
こちらのジャンはどんなやつだったんだ?
昨日も僕には会わなかったし、僕が現れていなくなったのか?
こちらのジャンがどんな奴だったのか、ちょっと調べてみるか。
家の中をあちこち見て回ったが、特別に変わったものはなかった。
自分の買った事のないものもあったが、気になるようなものはなかった。
どうやって、今まであったこちらの世界の僕のことを調べれば良い?
僕は、ハッと思いついた。
そうだ、写真だ!
奥にしまってあったはずの写真の入った箱を取り出した。
こちらの僕も同じ場所にしまっていた。
これに過去が写っている。
何枚も写真を見ていて、違和感を覚えた。
大人になってから写した写真には僕を挟むようにして知らない中年男性と母と三人で写っている写真が何枚もある。
父ではない。
これはいったい誰なんだ?
その時、
コンコン。
部屋のドアをノックする音が聞こえて、ガチャリとドアが開いた。
「おはよう。まだ看板は出てなかったけれど、今日はお仕事ある?」
リリーだった。
「おはよう。今、ちょっと忙しくて。今日は仕事しないから、手伝いはいらないよ」
リリーは、少し残念そうな表情を浮かべた。
そして、部屋に散らかっている写真を拾いながら言った。
「あ、懐かしい。クレムおじさんだ。この人私、好きだったわ。穏やかで、優しくて」
僕は、驚いてリリーにすかさず質問をした。
「この人、母とどういう関係だったかな?」
「もう忘れちゃったの? この時、ジャンのお母さんが付き合っていた人よ」
「えっっっ??!! 父さんはどうなったの? 離婚しちゃったの?」
「……りこんって何?」
「離婚って、結婚していた人と別れる事だよ。からかわないで」
リリーは、不思議そうに今度は違う質問をした。
「けっこんって何?」
!!!!!!
まさかとは思うけれど、結婚の制度もない?
「愛を誓い合った人同士で、一生一緒にいようっていう約束だよ! 愛を誓ったら、死ぬまで一緒でしょ?」
リリーは必死に聞いている僕に、ちょっと笑うように言った。
「何でそんな約束をするの? その時々で人間関係なんて変わってくるじゃない。恋人だけ変わらないなんて変よ。まあ、そういう人もいるけれど、一生なんて珍しいわ」
僕はまた開いた口が塞がらなかった。
なんて説明したら良いのか分からない。
結婚の概念がないなんて。
その時々で変わる?
何を言っているんだ。
たくさんの質問が頭をよぎったが、またリリーに心配されてしまうので、口をつぐんだ。
結婚も、お金もない世界。
じゃあ、みんな何を目指す?
お金持ちを目指すわけでも、結婚して家族を作るわけでもなく。
この世界の幸せって何だ?
「……。リリー、君にとって幸せって何?」
リリーは、ちょっと吹き出しながら言った。
「どうしたの? 突然。ジャンって面白い」
「何に幸せだなぁ。って、なるの?」
僕は怯まずに真剣に聞いた。
リリーは僕の様子を見てちょっと考えながら言った。
「う〜ん。やっぱり、ジャンのお仕事手伝っている時かな? それで、ご褒美に美味しいものを食べるの!!」
「ご褒美に? いつでも食べられるんじゃないの?」
「それは、食べられるけれど、自分が何もしていないのに、人の作り出した価値なんて奪えないわ。私は誰かの役に立ちたいの。ジャンみたいに、特別な何かが私にもあればもっと幸せ!」
そういうものなのか? ちゃんと働いているかなんて、他の人にはバレないと思うけど。
「ふ〜ん。そっか」
「じゃあ、ジャンは何が幸せだと思う?」
「僕は……好きな事をして、美味しいもの食べて、ゴロゴロできたら幸せかな」
「怠け者じゃない」
リリーはケラケラと笑った。
そして、思い付いたように言った。
「あ! でもジャンの好きな事は、お洋服を作る事かぁ。じゃあ、怠け者じゃないな」
……こっちの僕も、洋服作りが好きなのは変わらないのか。
まあ、店を出しているくらいだしな。
「まぁね」
リリーが一番僕の事を知っていそうだ。
ちょっと聞いてみるか。
「リリーから見たら僕はどんな風に見える?」
「どんな風に、って?」
「洋服作るのが好きっていう事以外で、僕はどんな事が好きそうだったり、どんな性格に見える?」
「う〜ん。何が好きかは分からないけれど。……ジャンは人に興味がないように見える! だって、ジャンは全然お客さんの名前とか顔とか覚えてないじゃない。お手伝いに来ている私の方が覚えているわ」
確かに、人を覚えるのが苦手だ。
こちらの僕もそう変わりないな。
「あんまり良い印象じゃないね」
僕は笑いながら答えた。
何だか一気に調べるのがバカバカしくなった。
自分で自分の事を探偵のように調べてもしょうがない。
まあ、自分と言ってもこっちの世界の自分のことだけれど。
何か困った事があったらその時に考えれば良いか。
こちらの世界の僕も現れないし。
僕は、ばらまいた写真を片付けた。
「今日は何をするの?」
リリーが僕に聞いてきたけれど、自分調べをやめた今、する事を思い付かなかった。
「今、用事が終わったから特に何も決めてないよ」
「お仕事はしないんでしょう?……だったら! 遊びに行こう!」
「遊びに、ってどこへ?」
「海に!!」
「海に? この辺に海なんてあるわけないじゃないか。川だろう? 川なら釣りでもしよう。釣りたての魚は美味しいからね」
「お魚を食べちゃうの? そんなかわいそうな事言うと怒られちゃうよ!」
「誰に魚を食べて怒られるって言うの? みんな食べるでしょ」
「食べないわよ!」
「何で? 美味しいのに」
「そんなの冗談でも言わないで。あの子の前でも絶対に言っちゃダメだからね!」
「あの子って?」
「人魚のアンナ」
「人魚ってあの? 半分魚で半分人間の? どこにいるの? そんなの」
「海にいるじゃない。ジャンだって海くらい行った事あるでしょ」
「海に? ここは森でぐるりと囲まれているじゃないか……」
ジャンは慌てて、窓の外を見た。
嘘だろ。山がない。
いつから無かった?
この街は山にぐるりと囲まれていたはず。
だって、ここに来るときは森を抜けて来た。あの木々の向こうは海なのか??
それこそ子供の頃に絵本で見た世界だ。
海に、半身魚の人魚。
リリーの方をふと見ると、またおかし気な事を言っているといった顔で僕を見ていた。
「……海、行こうか!」
僕は、ごまかすように笑顔で言った。
人魚がいるという海はもちろん見てみたかった。
リリーは、不審な人を見る目で僕の事をジロジロ見ながら、
「じゃあ……準備して来る」
と言って、部屋を出た。
なんとかやり過ごして、僕は深く息を吐いた。
それにしても、こっちの世界は妖精がいないと思ったら、人魚が代わりにいたのか。
この美しい世界を保っているのは、もしかして人魚なのか?
僕は部屋を見渡して、水着がないので濡れても良い短パンを履いて、着替えを鞄に突っ込み玄関へと向かった。
GUILTY&FAIRLY 『紅 別の世界とその続き』(渡邊 薫 著)
全てはある妖精に出会ったことから始まった。
これは、はたして単なる冒険の物語だろうか。
異世界への扉。パラレルワールドに飛び込むことが出来たなら、どうなるのだろう。
自分自身はどう感じ、どう行動していくのだろう。
あるはずがない。
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