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企業の新陳代謝について

日本の病院では、老人を簡単には死なせないが、欧米では必ずしもそうではないと言われる。高齢者の終末医療に関する双方の考え方の違いが根本にあるようである。特にヨーロッパの場合、原則として緩和医療だけを行ない、点滴や経管栄養さえも行なわないと聞いたことがある。口から食べたり飲んだりできないような状態になってしまったら、人間はもうオワリだから、そのまま自然に亡くなるべきという共通認識があるようだ。コロナ渦において、高齢者には「人工肺(ECMO(エクモ)」を使わない国もあったという。

企業に対する考え方も、どうやら日本と欧米とでは基本的なところで違いがありそうである。たしかに人間にとっての死と、企業にとっての倒産・破綻とは似たようなところがある。

生き物は死んだら、土に還り、他の生き物の糧となる。企業も倒産・破綻したとして、すべて無に帰するわけではない。経営者にとっては失敗した経験も貴重である。経験を活かして、またチャレンジすれば良いのだ。また事業自体はうまくいかなくても、そこで培われた技術やノウハウが他の企業で別の形で活かされる可能性はある。幹部や社員も他の企業で活躍する機会はいくらでもある。あまりネガティブに考える必要はない。

米国の企業などを見ていると、実にあっけらかんと倒産する。日本人の感覚だと、ちょっと、あきらめが良すぎるんじゃないかという感じさえする。

「米連邦破産法11条」(チャプターイレブン)というのは、日本の民事再生法に相当する。再生型の倒産処理スキームであり、債務者自らが債務整理案を作成し、債務者主導の再建が可能である。早めに見極めをつけて、仕切り直しを図った方が、企業再建も容易であるから、「あっけらかん」という印象を受けるのかもしれない。相場の世界でも、「見切り千両」という言葉がある。「こりゃ、ダメだな」と思ったら、ひとまず撤収する勇気も必要なのだ。

ちなみに、「米連邦破産法7条」(チャプターセブン)というのもあって、こちらの方は日本の破産法に相当する清算型の倒産処理である。

で、企業の倒産・破綻の話に戻るのだが、個人の死を嫌い、できる限り生命を存続させようとするのと同様に、企業の命もなんとか長らえさせようとする姿勢については、個別企業の経営者レベルにおいても、国や自治体レベルにおいても、そろそろ発想を切り替えるべきではないだろうか。企業の倒産・破綻というものもまた、産業界の新陳代謝の一環であると割り切るしかない。

企業のいろいろな事業部門だって、やってみてダメだなと思えば、縮小・整理して、別の事業にチャレンジするだろう。トライ&エラーである。産業界全体で俯瞰的に見れば、企業レベルでのトライ&エラーだって似たようなものである。ダメだなと思えば、ダメなやり方やダメなメンバーには固執せず、さっさと仕切り直せば良いのだ。個人の死と同様に、いつまでも企業を死なせないというのは、トライ&エラーの芽を摘んでしまっているとも言えるし、結果として産業界全体の新陳代謝を阻害しているような気がする。

じゃあ、どうするんだという話であるが、日経の記事にも書いているように、経営者と被雇用者の退出コスト軽減策を打ち出すことは有効である。経営者の退出コスト軽減策とは、すなわち「経営者保証」を撤廃することであるが、これについては前にも書いた。はっきり言えば、「劇薬」みたいなものだから、結果的に事業金融能力の乏しい地銀の息の根をも止めることになるかもしれない。

被雇用者の退出コスト軽減については、労働市場の流動性を高める政策を推進するしかないが、これは短期的にはあまり簡単ではないかもしれない。日本企業の終身雇用・年功序列的な雇用関係については、既にかなり「オワコン」になりつつあるので、あと何年かすれば、欧米と変わらないくらいに労働者の流動性が高まっている可能性はある。いずれにせよ、時間が解決するのを待つしかない。

「弱者救済」的な観点からの補助金、助成金、利子補給等の施策の見直しも必要であろう。こういうものは、病人にとっての生命維持装置みたいなもので、本来ならば死ぬべきところをズルズルと延命させてしまっている可能性があるからだ。発想を真逆に転換して、成長企業や成長分野に対するインセンティブ的な支援策により多くの予算を振り向けた方が、中長期的に見れば、日本経済全体の成長を促すのではないだろうか。

あと追記するならば、企業再生の専門家人材が、米国などに比べると、まだまだ日本では少ない。「ターンアラウンド・マネージャー」と呼ばれる人たちである。こういう人たちが増えると、一旦はダメになった企業を立て直して、再び企業価値を増大させて、IPOやM&Aで多額の利益を得るといったビジネスが活況を呈するであろう。

以上の話を整理するならば、人間と同様に企業についても無駄な延命行為は慎むということに尽きる。これは企業レベルでも、あるいは国や自治体レベルの産業振興施策においても同様である。また経営者保証を外した方が経営者の退出コスト軽減になるのであれば、「どうぞ、どうぞ」ということになる。ただし、たぶん地銀の余命はますます短くなるのではないだろうか。マクロ的に見れば、それも含めて日本経済の新陳代謝にとっては悪いことではないかもしれないが。



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