胸糞の悪くなるような酷い現実に少しもリンクしない島の自然がただただ美しい(『Nのために』第1話レビュー)

そういえば、湊かなえだった。私の記憶の中での「Nのために」は映像が洗練されていて、タイトルバックが究極に美しい、そして成瀬君を演じる窪田正孝の魅力が静かに爆発するで、そんなきれいなきれいなドラマだった。「人の記憶って、嘘をつくことがあるんだ」と『anone』最終話にて瑛太が語る通り、部分的にはめちゃくちゃ正しく、部分的には大間違いな記憶だった。そうだった、湊かなえだった。

相当に胸糞の悪くなる展開。酷い酷い話である。優しかった父親は突如愛人と共に帰宅、妻と子供を家から追い出す。「不要なものは捨てる。今日から俺は好きに生きるけん!」と晴れ晴れと語る父親のシーンは、あまりにも潔く語られるのはもちろんのこと、同時にあまりにも潔く撮りすぎではないかと疑問に思うほどである。少しの申し訳なさが曖昧に表現されても良いだろうというシーンであるにも関わらず、役者も演出も全力で開き直るという恐ろしい選択。ここまで来ると気持ちいい、はずがない。それどころか最高に気持ち悪い。嗚呼湊かなえ。そうでした。

第1話の恐怖最高潮シーン。母の化粧水。夫に捨てられた現実を受け止められないばかりか、社長妻としてのプライド、というか壮絶な見栄を捨てられずさらにはそれを蔓延らせていく母の醜い化粧水シーン。むちゃむちゃと化粧の上から塗りたくるおぞましさたるや。

榮倉奈々を追い詰める酷すぎる現実に反比例してただただ美しいのが、島の自然描写。醜すぎる人間模様がどれだけ荒れていこうとも、海は美しく広がり、登る坂の両脇には緑一色の棚田がつづき、そして向こうの山並みに真っ赤な朝日が昇る。自然は悲しい時に雨を降らせたりもしない、最低な気持ちだって夜空は美しくて、ドラマの中の人間の気持ちを代弁したりは決してしない。人を陥れもしない、祝福もしないただ美しいだけの自然が、私たちにとってはどうしようもなく叙情的に映る。昼も夜も、大自然を背景にした成瀬(窪田正孝)と希美(榮倉奈々)のシーンは本当に静かに素敵で、いつまでも見ていられる。

大自然だけでなく、「モノ撮り」にも特徴を感じるのがこの作品。ふとしたところでビールのアップが入るなどの演出は、うっすらとした伏線の予感を感じさせるのか、こちらの集中力をくっと高める効果を生んでいる。

そして息をのむほどに美しいのがタイトルバック。海に飛び込む成瀬、飛び込んだその瞬間を切り取ってモノクロから鮮やかに色を転換させ画面を真っ青に染める。そこに入る「Nのために」の文字。これ以上のタイトルバックはなかなか見ない。全ての回において楽しみな要素である。

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