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はだいろと肌の色

私が子どもの頃、色鉛筆やクレパスのだいだい(オレンジ)と白の間にある色は、「はだいろ」だった。ぬり絵で人の顔に色を塗るときは、なんの迷いもなく、「はだいろ」を手に取っていた。

いつしか私にもこどもができて、わが子が使うクレヨンに名前を書こうとしたときに、「はだいろ」がなくなっていることに気がついた。いつも「はだいろ」が並んでいた、だいだいと白の間には、「うすだいだい」という見慣れた色なのに聞き慣れない名前のクレヨンが並んでいた。クレヨンからクレパスに変わったときには、「うすだいだい」は、「ペールオレンジ」というおしゃれな名前になっていた(これはメーカーの違いだと思われる)。
「はだいろ」という表現は、人種差別に繋がるということで、2000年前後から使われなくなったらしい。今のこどもたちに「はだいろ」と言っても伝わらないのだろう。

今は死後になってしまった日本語の「はだいろ」をそのまま英語に直訳して「skin colour」や「skin tone」と言っても、それでは日本語の「はだいろ」という特定の色を表すことはできない。先日、ロンドンのスーパーで絆創膏を探していたら、三色の絆創膏が並んでいた。日本語で言うところの「うすだいだい」「ちゃいろ」「こげちゃいろ」の三色だけれど、パッケージには色の名前はなく、どれも「Skin Tone Plasters」と書かれていた(plastersは絆創膏)。「skin tone」というのは「肌の色」のことで、私が昔使っていた「はだいろ」の、今の子が使う「うすだいだい」色のことではない。絆創膏を購入するその人の「肌の色」ということだ。だから、わざわざ「うすだいだい」「ちゃいろ」「こげちゃいろ」と色の名前を書く必要はないわけである。ちなみに、話が少し逸れるが、「ペールオレンジ」という表現は英語にはなく、その色味を表す表現としては「peach」「apricot」「beige」などが使われるようだ。

「はだいろ」と「肌の色」では、全く意味合いが異なる。「はだいろ」だと差別的表現とされてしまうが、「肌の色」では差別的表現ではなくなる。たった一文字の言葉の違いが、大きな大きな違いを生むのだ。その一文字の違いで、意味合いや受け手の印象がガラッと変わってしまう言葉の難しさ。

あれ、私は三色の絆創膏で多様性について書こうと思っていたはずなのに、多様性の"た"の字も書いてないぞ。そう、その絆創膏を見つけて最初に感じたのは、「肌の色」に対する多様性だったのだ。日本ではこんな色の絆創膏見たことなかったなぁ、という純粋な驚きを感じて、それについて書くつもりでいたのだけれど、「はだいろ」と「肌の色」という言葉の違いの話になっていた。

noteを書き始めると、最初に考えていた方向から、いつの間にか全然違う方向へと進んでいることが、私にはよくある。頭の中で思考していた時も言葉で考えていたはずなのに、その言葉をこうして文字にしていくと、別のものになっている。

だからこそ、言葉はおもしろい。
やっぱり、言葉はいきものだ。