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播磨陰陽師の独り言・第百六十八話「鳥獣人物戯画」〈中編〉

 当時の人たちは、草を盗んで逃げる半島の僧侶の絵を見ると、草薙くさなぎの剣盗難事件を思い出します。
 草薙の剣盗難事件は、大阪・放出はなてんの地名の由来となった事件です。関西の人で、放出中古車センターのCMを知らなき人は少ないんじゃないのかなぁ。とても有名です。
 草薙の剣は三種の神器のひとつです。
 その昔、半島に新羅の国があった頃のお話しです。新羅の僧侶・道行どうぎょうが熱田神宮から草薙の剣を盗んで逃げる事件が発生しました。結局、船は難破して、放出あたりに漂着しました。
 その時、道行は神の怒りを恐れて、
——剣を放ちてん。
 と言います。〈放ちてん〉とは〈放った〉と言う意味の古語です。やがて、この〈はなちてん〉が訛って、今の〈はなてん〉となった訳です。
 この事件は、飛鳥時代・天智天皇七年とありますので、西暦では668年に発生しました。
 日本書紀によると、仏教がわが国に伝来したのは西暦552年です。半島の百済からもたらされたとされています。逃げている猿は同じ半島でも新羅の僧侶です。道行は新羅の僧侶でした。
 わが国に仏法をもたらした親日的な百済の国は、西暦660年に滅びました。多くの僧侶が帰化したとも言われています。あとは半島の他の地方から何人もの僧侶がやって来て、仏法の指導をしたとも言います。
 この事件がキッカケなのか、やがてわが国の仏法は独自の方向へ向かいます。
 当時の人々は、
——厳しい修行をして仏法をおさめた徳の高い僧侶ですら、宝物を目にすると盗んで逃げる。わが国では考えられないことである。
 と思ったそうです。
 だから、わが国独自の仏法が発展しました。
 鳥獣人物戯画はそのことを伝えています。

 また、後ろの方の絵には、蛙を仏像のように拝む猿の姿が描かれています。
——これは陰陽道を見習うべき。
 と言うことを示唆しています。
 陰陽道は古くからあるわが国の霊術と大陸からの新しい技術が融合したものです。このことを理解して、鳥獣人物戯画が残された寺では、仏法と神道と天竺の神と、そして大陸の道教の神を合わせて信仰していました。
 猿の僧侶に拝まれている蛙の後ろの木には、密かに梟が止まっています。梟は農業を守り、神通力を象徴しています、そして北辰の梟と呼ばれ、陰陽道や妙見信仰に代表される北極星や北斗七星を表しているのですが……〈後編〉へ続く。

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