帰郷予定の長談話

先日、従妹に向けて「やぁ、元気?」とラインを送り、近々そちらに久しぶりに行くよと連絡した。10年以上、ご無沙汰している。

行く行く詐欺みたいに、行くつもりの予定を何度も更新し、やっと重い腰が上がった。実際、一人で行くには躊躇したくなる。親戚が多すぎて、ひと所にだけ挨拶に行くのは不義理になるからだ。一人であちこちの親戚に顔を出し、挨拶をこなすのは荷が重い。そして、遠方の田舎に単身行くのは(そこはかなりの観光地なのだけれども)、親戚の挨拶が終わった後、観光するには改まり過ぎているし、それでいて観光するにしても手持ち無沙汰のようなものを感じる。結局、それは私の内側の理由なのだが。

そんな訳で、今回は単身ではなく、高齢の母を連れて行くことになった。母の実家に行き、祖父母の墓参りをする。それが、一番の目的となった。母は高齢ゆえ、一人で行くのを躊躇していたところもあるが、なんにせよ父の看取りをして送るまでをこなして、それをやり遂げた。その後、母は暫し抜け殻のようになった。

父が亡くなった後、今まで溜め込んでいた父の遺品は、膨大かつ難解なパズルのようでもあった。父に生前、何度も身辺整理をする様に話したが、その度に「俺をそんなに殺したいのか」と激怒し、父は常に死を恐れた。あんなに死を恐れる人を私は見たことがなかった。

生を受けた後、私たちは常に死へと歩んでいるのだが、父にはそれが理解できなかったに違いない。

死にたくない。長生きしたい。

口癖のようにそう言っていた父に、私は以前「母方の祖母も長生きだったし、母は長生きしそうだ」と話したことがあった。それに対して父は「ずるい。俺もせめて自分の父親の年齢以上は生きたい」と話した。父方の祖父は82歳で亡くなっていた。

父には持病があり、心臓弁膜症によって心臓に人工弁が入っていた。40代で手術をし、それ以降薬が手放せなくなった。常に薬を飲んで血液をサラサラにしておかなければならない。そのために運動も制限して、怪我のない生活を心がけなければならなかった。更にB型肝炎ウィルスのキャリアだった。輸血した血液のせいだったのかもしれない。そして白血病になり、長く治療していた。抗がん剤も使い、検査データを見ては一喜一憂して。

父は独身だった若い頃、仕事中に大きな事故に巻き込まれた。その事故は全国的なニュースにもなったため、静岡で起こった事故だったが、北海道に住んでいた私の祖父が「当時、テレビで我が子の事故のニュースを知った」と言っていた。

生死を彷徨う状況で手術をし、ずっと危篤状態だったという。父の姉がつきっきりで看病し、ある時微かに瞼が動いたのを見て、氷を口につけたら口が少し動いて氷が溶ける雫を吸おうとしたらしい。そこで氷を口に含ませて命を繋いだと父の姉である叔母はよく語っていた。

「あの時、氷がなかったらあんたも生まれてなかったよ」おばさんはよく私にそう言っていた。

そんな父も、亡くなって今年で三年になる。父は77才で亡くなり、もう歳は取らなくなった。永遠の77歳。たまに、私に言うんだ。

「チョコレートが食べたい」

「葡萄パンが食べたい」

最近は「鮭の塩焼きのうまいやつを供えるように言ってくれないかな」と言い出す事もあって、ちょっと面倒くさい。本当は刺身もお願いしたいらしいが、匂いがあまりしないのもあって、我慢しているらしい。

私はそんな既に亡くなっている父の要望を、たまに母に伝える。または、実際に実家に行った時に持って行き、仏壇に供えるのだが、糖尿病の母の手前、あまり甘いものは供えたくない気持ちもある。父は甘いものが大好きだったからなぁ。

最近では、糖分を控えるのは世の中の流れなんだよ、お父さん。もう亡くなっているから関係ないか(笑)。

などと父に話しかけてみるが、父は自分の都合の良い時しか出てこないし、一方的だ。あちら側からは何かできても、こちらから影響を与えられることはまずない。

話が逸れたが、父の死も父の残した遺品整理も母が淡々と対処し、乗り越えて、たまに懐かしむように涙するようだけれど、あらかた心の整理もついたようだ。

母は気丈で強い。泣き言も言わず、フルにずっと働き、公務員として定年まで勤め上げた。私のこの長続きしない体質とは比べ物にならない。

そんな母も高齢になった今、今年帰郷すべきなのか更に歳をとる来年帰郷するのか。行くなら今年にした方が良いだろうと母に提案して、飛行機も宿も私が手配した。考えてみると、私と母が二人だけで旅に出るのは初めてであることに気が付いた。

なんと、今まで全く気づいてなかったが、ここまで親子関係が薄かったのかと思うと草が生えそうだ。まだ帰郷は少し先の話だが、土産物屋でうろつく自分しか思い浮かべられない。

結局、自分は食い気に心を揺り動かされるだけの人物かもしれないと、薄々感じたまでだ。実際、土産物屋をうろついて、菓子やら食べ物をとくと吟味するのが楽しいから仕方がない。

食い気は人を突き動かすゼンマイみたいなものかもしれないなと、思っている。日常では糖質制限などと偉そうに言っている癖にだけどな。


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