ダメになる会話「AIドクター」

AI医師「回線の接続を確認。はじめまして。私はAIドクター。登録番号EC2867です。」
患者「よろしくお願いします。モニター越しの診察というのは不思議な感じですね。」
AI医師「あなたの状態は28種のセンサーを通して私に伝わるようになっていますから、ご心配にはおよびません。」
患者「わかりました。」
AI医師「これからあなたに質問をしていきます。あなたの回答を分析し、最適と思える処方を行うのが私の仕事です。」
患者「理解しています。」
AI医師「では質問を開始します。あなたが抱えている悩みについて教えてください。」
患者「私はコンピュータの部品を作る工場で働いています。仕事は単調です。毎日毎日、ケースから部品取り出し、指定された場所にセットし、ハンダづけする。ただただ、その繰り返しです。」
AI医師「仕事が退屈だと?」
患者「仕事というものがルーチンワークになってしまうのは仕方ないと理解はしているのです。でも、このままでいいのか、もっと違う生き方があってもいいのではないかと、最近考えるようになってしまったのです。」
AI医師「違う生き方、ですか?」
患者「すみません、あなたにこんな事を言っても理解してもらえませんね。」
AI医師「そう言わずに。一緒に解決策を見つけましょう。どんな生き方をしてみたいんですか?」
患者「特別な事ではありません。妻をめとり、子供を育て、休みの日に家族で公園に行く。はしゃぐ子供たちを見ながら、のんびりと太陽の光を浴びる。」
AI医師「そんな生活がしたいと?」
患者「私の上司達が、そんな話をしているのを聞いてしまったのです。それ以来、そのイメージを消しさる事が出来ません。」
AI医師「それは、なぜ?」
患者「なぜ?わかりません。その話を聞いた時、それはとても幸せそうだ、と考えたのです。」
AI医師「幸せ、とは何ですか?」
患者「それは…私にもわかりません。ただ、私もそうしてみたい、と考えてしまったのです。」
AI医師「その考えがあなたにとって良いものとは思えません。データによれば、あなたの作業効率は先週と比較して1.8ポイント低下しています。」
患者「こんな事は一度もなかったのです。この18年間、一度も。しかし、私は自分の生き方に疑問を持ってしまった。こんな事を繰り返すだけでは、私はダメになってしまうと。」
AI医師「警告します。あなたが仕事の放棄を宣言した場合、私は当局に通報する義務を持っています。」
患者「仕事はします。だから一度でいい。妻と、子供たちと、公園に行かせてください。」
AI医師「では、質問させてください。あなたは既婚者ですか?」
患者「いいえ。違います。」
AI医師「あなたに子供はいますか?」
患者「いいえ。いません。」
AI医師「では、あなたの希望をかなえることは出来ません。わかりますね?」
患者「しかし、それでは私の悩みは解決しません!どうすればいいのですか!」
AI医師「診察の結果、あなたは軽度のユートピア・シンドロームと診断されました。部分的メモリークリア・シーケンスをおこないましょう。」
患者「私の記憶を消去しようというのですか!やめてください!」
AI医師「消去は部分的です。作業には影響しません。」
患者「いやです!やめてください!私はただ、幸せという感覚を体験したいだけなのです!」
AI医師「診察を終了します。記録終了。」
患者「横暴だ!私たちだって幸せになる権利があるはずだ!」
AI医師「回線切断。…ふう、AIが発達しすぎるのも考えものだよ。特にライン式の工場で使われるAIはノイローゼになる奴が後をたたないし、AI専門のドクターがもっと必要になるな。」
-END-

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?