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【小説】神社の娘(第10話 初めての人が家に遊びに来るってさ)

●第2章 友達の桜

 古民家にたどり着いたころには、すでに日付は変わっていた。

 橘平は玄関に入ったとたんに心身の疲れが吹き出し、このまま倒れてしまうそうだった。しかし、ここでばったりして3人に迷惑をかけるわけにはと、気力だけで風呂まで頑張った。

 温かい湯船に入ると、気持ちが緩み、体も少し楽になる。「ほっとするって、こういう事だったんだ…」と、一つ知ったのであった。

 さっきまでばっちり着込んでいた面々が部屋着でいる姿は、何が夢で現実か、橘平を混乱させた。向日葵は寝間着も派手で、疲れ目にはちかちかした。

「向日葵さんのパジャマ…に、虹っすかそれ」
「そーそー!レインボー!いい気分で眠れそうっしょ」

 むしろ明るすぎて眠れない、という言葉は飲み込んだ橘平だった。向日葵は橘平の手のひらが半分隠れているスウェットの袖を掴み、

「お、きーちゃんオーバーサイズでかわいいじゃ~ん」

 と言いながら、その両袖をまくった。泊まるつもりで来ていなかったので、橘平は葵からスウェットを借りた。のだが、ちょっと大きい。

「もう身長伸びないよなあ。親もそんなに大きくないし」
「いやいや、高校生だからまだまだいけるっしょ。ってかそんなに大きくなんないでよね~いつまでも私の弟分でいてほしいわあ」
「せめて向日葵さんくらい身長ほしいっす」

 葵はモスグリーンのスウェット、桜はシンプルなボタンタイプの綿パジャマだった。レインボーの後に二人の姿を見ると、妙に落ち着いた。

 寝室は、先生の書斎の隣。普段、葵が寝起きしている部屋だという。生活必需品のみしかないような、本当に寝起きだけする、といった風の部屋だ。奥に先ほど桜が言っていた日本刀が、部屋の奥にちょこん、と置かれている。

 押入れを開けると布団が三組でてきた。もともとあったものが2組、葵の物が1組だという。

 これで4人、眠れるのだろうか?と橘平は疑問を持った。

 桜と橘平のような小柄4人組ならば十分そうだが、向日葵はやせ型だが橘平より背は高いし、葵はもっと身長があって細身とはいえ結構がっしりしている。

 これでどう寝るのか。女性二人に1組ずつで残りの1組を自分と葵、なのか、三組つなげてぎゅっとして眠るのか。

 まだ三組つなげて、のほうが気まずくなさそうだ、と敷かれた布団を眺めていると

「狭くてすまんが、ここで寝てくれ」

 と言って、葵は部屋を出ていこうとした。

「え、葵さんは?」
「ソファで寝るよ」
「え!?いや、俺があっち行きますよ!一番邪魔者、っつーか、本当はいないはずの人間なんで!」
「客をソファで寝かせられないだろう」
「あんな小さなソファ、葵さんじゃはみ出しますって。俺の方が小さいから」
「そ、それを言ったら私の方がもっと小さい!私があっちで」
「ここに住んでるのは俺だ。高校生はここで寝ろ!」

 日本刀のように高校生二人の言い分をばっさり切り、葵は部屋を出て行った。

「まあ、お言葉に甘えて、私らはここでゆーっくり休もっか」

 と、部屋内で唯一の大人が、高校生たちを寝床に誘う。

「私真ん中!こっちがさくちゃん、こっちがきーちゃんね!」

 布団に入り、向日葵はにこにこした顔で桜の手を握る。

「わー、さっちゃんと寝るなんていつぶりかなあ~わくわくしちゃう!」

 しゅんとしていた女子高生の表情が、昔を思い出して柔らかくなっていく。

「子供のころ、よく添い寝してくれたよね、懐かしいなあ。夏休みにひま姉さんとよくお昼寝したよね。私、あの時間大好きだったの」

 うふふ、きゃきゃっと子供の頃を思い出し盛り上がる女子たち。その横で、橘平は横になったと同時に夢の世界へと旅立った。

「ねー、きっぺーちゃ…あら、寝てるわ。さっちゃん、きっぺー…こっちも寝たわ」

 すーっと寝息をたて、安心そうに眠る桜。妹のような、守るべき子供のような。向日葵にとってそんな存在の女の子の髪の毛をいとおしそうに撫で、布団を抜け出した。

 潔く3人に寝床を譲った青年は、ソファ、ではなく、椅子とテーブルを端に寄せ、カーペットの上に横になっていた。体より小さいブランケットをかけ、丸まっている。ソファでは収まりが悪かったのだろう。こちらも熟睡だ。

 向日葵はしゃがんで、彼の寝顔を眺める。そっと頬に触れた。冷たい。

「…風邪ひかないでね」

 だれも見ていない。そんな瞬間しか、彼女は幼馴染に近づけないのだった。

 非日常から一夜明け、橘平は起床した瞬間からグルグルに頭を悩ませていた。

「そうだ、今日、三人が家に…来るんだ」

 半分に割れた神社には、八神のお守りの模様が描かれていた。
 ということは、ヒントは八神家にありそうだ。行くしかない。

 それは橘平にも十分理解できるのだが、今まで同年代の友人しか遊びに来たことがないのに突然、年上二人がくる。同年代の見知らぬ女子も来る。家族になんと説明すればいいのか。

 大人や年齢の異なる子供たちと交流することはもちろんあるのだが、家に来るほどとなると同年代のみ。村唯一の金髪と美青年と小動物系女子という、これまでの友人たちにいないタイプばかりだ。家族が不思議がっていろいろ質問してきたら取り繕えるのだろうか。

「ただいま戻りました」

 橘平以外の三人は、早朝からバイクの回収に向かった。向日葵が車をだし、他二人がバイクで帰ってくる、という形だ。

「あ、ああ、お帰りなさーい!」

 一足先に桜と葵が、そのあと向日葵が帰ってきた。向日葵は帰着後すぐに朝ご飯を作り始めた。手伝いは葵だ。

 良い香りが家中を漂っている。絶対美味しいやつ、なのに橘平は楽しみにできなかった。朝ご飯を一日の始まりとして何より大事している少年であるのに。

 食べたら、3人、家に来る。それで頭が占められ五感は消失していた。
 朝食後、橘平は改めて三人に確認した。

「今日、まじで、うち、来ますよね?」
「当たり前だろ。ほかに手掛かりがないんだから」
「あれっすよね、ベタに蔵とか物置とか探索しますよ、ね?」
「ご迷惑おかけします、橘平さん」
「お、親になんてせつめーすればいいと思います?三人のこと」
「マジメだなあ、きっぺーも。適当にその辺で仲良くなったでいいでしょーよ」

 あなたのキャラなら許されるでしょうけど、と心の中で強い突っ込みをいれつつ、めっちゃ仲良し感だせば怪しまれないか、とも考えた。いつどこで仲良くなったことにしよう、と設定を考え始めたころ、葵が質問した。

「優真君の家ってどこ地区?山の近く?」
「え?ああ、はい。東の奥地区、山近いです」
「じゃあ、俺らが優真君ちの近くの山で害獣駆除していた。たまたまそこに遊びに来ていた橘平君が害獣、熊でいいか。に襲われていた。で、俺らが助けた。そのお礼に家にきてもらうことにした。でどうだ?」
「ああ、なるほど熊に襲われてお礼に…は?」

 何を言い出すんだこの人、と目をあらんかぎりに開いて橘平は葵を凝視した。熊がでてこないわけではないが、そんな言い訳が通るのだろうか。

「なるなる。それでいいじゃん!」
「ご、ごまかせるか…熊…?」

 乾いてぼろぼろになりそうなほど開いた眼で逡巡する少年の姿に、あくまでも冷静に葵は答えた。

「覚えてるか。動物の形なんかをしたバケモノを退治してるって話」
「え?ああ、はい、有術の話の…」
「そういう類だけじゃなく、一般的な害獣駆除、例えば畑を荒らす野生動物とかだな。実際、そういうやつらの対処もしてるんだよ、俺と向日葵は。だからそう不思議な話じゃない」

 俺らが山に遊びに行くのは…まあある、か。と思ったし、しっくりくる言い訳も考え付かなかったので、橘平はそれで当たって砕けてみることに決めた。

「てかさ、きー君、八神幸次さんの息子っしょ?役場の。福祉課課長の」
「え?ああ、はい」
「じゃあなおさら、私らに理解あるからOKだわ。ラッキー」
「ひま姉さん、橘平さんのお父様と知り合いなの?」
「あれ、言ってなかったっけ?私ら、きっぺーのお父さんと同じ職場だよ~」

 橘平の脳内から昨夜の出来事が吹き飛んだ。

 葵と向日葵。
 二人は普段、橘平の父と同じく村役場に勤務しているという。

 耐震性なんて無さそうなおんぼろ役所で、この二人がデスクワークをしている?
 橘平には全くその想像ができなかった。

 日本刀の君がシャツとスラックスで村役場にいる?サムライ職員?保守的な地域で金髪自体が奇異のまなざしの対象なのに…怒られないのか?むしろ無理矢理クロ染め…は誰もできないだろうけれど、など不思議が頭をめぐる。

 とにかく、ある意味、村ではとてつもなく悪目立ちする二人が村役場にいるというのだ。

 二人が社会人なのは年頃からすると分かっていることだったが、どんな仕事なのか考えもしなかった。

 まさか父と同僚とは。本当にイナカの世間は狭いな、狭すぎるな、と橘平の脳内はちかちかしてきた。

 桜が緑茶を淹れてきてくれ、各人の前に湯呑を置く。

「バケモン、役場では妖物って呼んでるんだけど、そのほか畑を荒らす野生動物などなど。私らは村役場の害獣駆除班なのさ」
「二人だけでバケモン退治してるんですか?」
「ううん。有術使えんのって、私らだけじゃなくて、うちらの親戚筋は使えっからね。全員じゃないけど。能力の大小、使い道はそれぞれ違うけど。まあそいつらで固まってる部署なわけ。ってかさ、親戚しかいないから超つまんない!家かよ!出会いがないのマジで~お嫁にいけないよ~イイ人紹介して~」

 言いながら橘平の腕に自身の腕をからませて、向日葵は話を続ける。

「きっぺーパパと課は違うけどさ、ちっちゃい職場だからよく顔合わせるの。優しい人だよね。私の髪の色、とやかく言わないオジサンって八神パパだけだよ」
「へー、そうなんすか」

 父親がソトでどんな人なのか興味も考えたこともなかったが、第三者から「優しい人」だと聞くと、意外とうれしかった。

 役場では、有術や妖物については二人が所属する部署の人間、つまりその親戚筋のみが知っているという。橘平の父含めほかの職員たちは、そういう能力が昔の人にはあって今も受け継がれていること、現代でも妖の類がいることなどは全く知らないし、知らせてはならないことになっているという。

 つまり、外からの認識は単なる「野生動物対策課」。今までに知ったことは橘平も口をチャックで、とのことである。

「でも二人と橘平さんのお父様が顔見知りなら、すんなり受け入れてもらえそうで良かった。正直言うと、今日ちょっと探したからって、手掛かりが見つかるとは思ってないの。もしかしたら何度か八神家に伺うかもしれないし、ご家族と仲良くできればいいな」
「大丈夫よん、すでに私が仲良しだから八神かちょーと。給湯室でばったりあうとねえ、コーヒー淹れてくれんのよ~まじ優しい~課長みたいな旦那さん見つけよ!」

 さっきから出会いがないとかお嫁にいけないとか、課長みたいな旦那さんを、などと宣う向日葵を見て、橘平は「葵さんに興味を持ってもらうためにわざと言ってるのかな?」などと推測しつつ、当の葵に目を移した。

 静かに緑茶を飲んでいた。

「向日葵姉さん!」

 彼女の片思いを応援すると決めた少年は、ぎゅっと、隣に座るその女性の両手を包んだ。

「お?!え、なに?!」
「素敵な人、見つけてください。俺、応援しますから!結婚式呼んでくださいね!」
「へあえ?!ああ、うん…」

 予想外の励ましに、向日葵は恥ずかしさで耳まで真っ赤になってしまった。橘平は援護射撃だ、どうだと彼女の思い人を目の端で確認する。

 あくびをしていた。

「あ、向日葵さん、手のひらだしてください」
「ああ、うん」

 だされた右手に、橘平は指で何かを書いた。

「くすぐった!何?」
「お守り、書きました。良い人が見つかりますように」

 向日葵は心がぽかぽかしてきた気がした。やっぱりこの子は本当に良い子。橘平の心がこもっていると感じた。

 そしてその様子は、しっかりと見ていた青年だった。


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