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【小説】神社の娘(第14話 不自由な居場所)

 野生動物対策課の会議で報告された話は、一宮家、つまりお伝え様の家でも話題になっており、桜にも伝わっていた。

 桜の祖父で宮司の吉野、父で権宮司の千里は、役場から相談を受ける少し前に異変を感じ始めていた。役場の話で、異変は確信に変わった。

 妖物に異変が起こったということは、封印の森にも変化があるかもしれない。

 そこで、一宮家として、葵と向日葵に森の様子を見に行ってほしいと依頼をした。葵は桜の守役としての信頼も厚く、実力もある。向日葵の有術に関しては、他の人と同じく心もとなさを持ってはいるが、彼女の体術と精神力を一宮家では買っている。何かが起きても、この二人なら切り抜けられるはずだと。

 二人はもちろん、一も二もなく引き受けた。自分たちが今一番必要とする情報がわかるかもしれないからだ。

 実際に行くと、いままで誰も立ち入ることができなかったあの森に、二人はすんなり入ることができた。一宮に残る文献によると、北を目指せば森から出られるらしい。地図も何もない中、まずは北方向へ歩みを進めた。

 昼間でも暗い森の中を、二人は十分注意しながら探索する。しばらくすると、あの満開の桜が現れた。

 桜の美しさに、二人はしばし立ち尽くした。

 先生から聞いていたこととはいえ、実際の桜は不思議な魅力にあふれていた。

 これが先生の言う桜ならば、近くに神社があるはずだ。ほどなくあのミニ神社を見つけた。今破壊すれば、悪神が現れるのだろうか。二人はしばし、神社の扱いに悩んだ。

 悩んだって仕方ないわー!と向日葵が神社を地面にたたきつけたが、傷一つ付かなかった。葵も有術で刺したり切ろうとしたりしたが、びくともしなかったのだった。二人はこのミニチュアのことは諦め、広場に何かあるかをよく確認して、この場を後にした。

 文献通り、北に向かうと森から出ることができた。

 さて、これを正直にお伝え様に報告すべきか否か。葵は桜に電話し、あの古民家に呼び出した。

 実はこの時、まだ古民家には誰も住んではいなかった。桜が祖父に頼み込んで、先生が住んでいたまま残してもらっていた。そして時々、この家に残る資料などを調べていたのだ。いわば、3人の秘密基地のような存在だ。

 三人で話し合った結果、

「嘘を報告しましょう!本当の事言ったら、『なゐ』を逆にさらに封印されちゃうもの。森に監視もつくだろうし」
「そうだよね~封印解くのバレたら、頭オカシイって思われてさ、座敷牢だよね!回避回避!」
「ちょっとだけ真実をまぜてな。全部ウソだとバレる」

 ということになり、一宮家にはこう報告した。

<森への侵入は可能。ただし、強力な妖物がいる。葵の実力でも命からがら、ぎりぎりだった。倒さずに逃げるしかなかった妖物も多数。入ったら即死必死。絶対に誰も入らない、いや近づくのもやめたほうがいい。妖物は森の外へは出られないから監視は不要>

 ちょっとどころではない。森に入れること以外嘘っぱちである。しかし、葵と向日葵が築き上げた信頼は絶大である。吉野も千里もすっかり信じたのであった。

 加えて葵は、監視のためにも森の出口にある古民家に住まわせてほしい、と願い出た。これもすぐ受け入れられた。

 これが二か月ほど前のことである。

 「なゐ」を消滅させたい。

 封印し続ける限り、村が、村人が犠牲になり続けるから。

 表向きの理由としては「村が」「村人が」ということではあるが、桜の始まりの動機は異なる。菊の死により跡継ぎとさせられたことで、不幸になる人たちがいると知ったからだ。ただ、菊が後を継いでいても、別の人たちが不幸になっただろう。

 生まれ落ちた時から、誰かの不幸の素。「私のせいで、一宮のせいで、不自由になる人がいるのが耐えられない」「私の居場所がなくなる」という、個人的な、子供の恐怖が、始まりだった。

 まさか、村全体に危険が生ずるとは万に一つも思わなかった。
 桜の木の下の神社を破壊して、なゐを復活させ、そのまま自分が消滅させる。それだけのことだと軽く考えすぎていたし、先生からはそうだと聞いていたのだ。妖物が弱体化したように、悪神も弱体化している可能性が高いとも聞いている。しかし、この状況ではその情報の信ぴょう性も薄くなってきた。

 個人的な行動が、村の危機を誘発しているかもしれない。
 自分の今していることは正しいのか、間違っていたのか。
 先生でもそこまでしかわからなかったのに、私にどこまでわかるだろうか。

 大人になる前に終わらせねばならない。桜は焦っていた。高校を卒業する前に。できれば18歳になる前に。そして、村全体を巻き込んでしまう前に。
 私が傷口になればいいなら、いくらでも、なる。

 彼女は夜な夜な一宮の書庫に入り、文献を読み漁った。
 何度も読んだけれど。
 もしかしたら解決の糸口が見つかるかもしれないという、一縷の望みにかけて。
 何もできない平日が怖くてもどかしかった。


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