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創作落語「財布」

世の中、やっとの思いで生きている。間の抜けた男がいる。

甚平の家

おみつ「あんた、あんた、ちょっと、起きなさいって。」

いびきの音

おみつ「ねえ、起きなさい。」

甚平「うん?」

おみつ「間の抜けた声ねえ。ねえ、さっきあんた私の財布持ってスーパーにおつかいにいったでしょ。」

甚平「おつかい?」

おみつ「そう。メモに書いて渡したわよね。天ぷら粉とのりといかを買ってきてねって。ちゃんと買ってきたの?」

甚平「あ~、うんうん、買ってきたよ。そこにおいてある。」

おみつ「ああこれかい?どれどれ、これが天ぷら粉で…ってあんたこれ塩じゃないの。何間違えてんのよ。」

甚平「あぁ、似てるから気づかなかった。」

おみつ「真ん中にでっかく伯方の塩って書いてあるじゃないの。そんで、あとは〜あんた一体何なんだい、これは?」

甚平「何ってイカとのりじゃないか。」

おみつ「いや、あんたこれイカとのりじゃなくて、スイカと洗濯のりじゃないの。」

甚平「あぁ、似てるから気づかなかった。」

おみつ「似てるから気づかなかったって、今年で56歳にもなってスイカとイカの区別もつかないのかい?」

甚平「こまけえことはいいじゃねえか。腹ん中ぁ入ったらみんな同じだ。」

おみつ「同じなわけないでしょ。全く、あんたがイカ天と海苔天食べたいっていったから、わたしは頼んだんだよ。はじめてのおつかい。」

おみつ「まあ、いいわ。そんなことよりも私の財布はどこにやったんだい?」

甚平「財布?」

おみつ「そう、財布よ。これから銀行にお金おろしにいかないといけないのよ。もう今月も大赤字で家のお金がすっからかんだから。お金下ろさないと明日の昼ごはんが食べられないよ。どこやったの?」

甚平「あ~、財布なら落っことしちまった。」

おみつ「落としたって!あんたなんでそんなに落ち着いてるんだい。誰か拾っていったらどうするのよ?」

甚平「ああ、それなら大丈夫だよ。」

おみつ「なんでそんなことわかるの?」

甚平「そりゃあ、俺は知恵ぇあるからな。これ落とし物ですってスーパーの落とし物係に渡したから、誰もひろってかないよ。な。」

おみつ「何やってんだい!なんだって自分の落とし物をわたすかな〜。あたしはもう呆れて声も出ないよ。」

おみつ「まあ、なくなったんじゃないのね。じゃあ、スーパーまで取りに行っておいで。」

甚平「なんだって俺がそんなことしないといけないんだ。俺ぁ忙しいんだ。」

おみつ「忙しいって何すんだい。」

甚平「何、何って、俺ぁこれから、えーそのーあー、あれだ。日向ぼっこしないといけないんだ。」

おみつ「まるっきり暇じゃないかい。いいからさっさと行っといで。あたしゃここでスイカに塩ふって食べてるから。ほら、いっといで!」

スーパー

甚平「全くガミガミとうるさいんだから。えーと、このカーネル・サンダースの角を曲がってと……。ここがスーパーだな。」

甚平「ごめんください。ごめんください。」

店長「おお、甚平さんじゃないか。何やってんだい、自動ドアに向かって。ここのボタンを押したら開くんだよ。」

甚平「おお、そうなのか。あー、店長さん。あれ、あの」

店長「あっ、甚平さんイカを買いに来たんだね!お前さん、何かイカイカってつぶやいて、イカとスイカ並べてうんうん唸ってたから。」

甚平「いや、違う違う。」

店長「じゃあ、あれかい?のりかい、それとも天ぷら粉かい?」

甚平「そうじゃなくて、えーと、あーと、お金、お金を取りに来たんだ。」

店長「お金を取りに来たっておまえさん、あたしゃあんたにお金を貸した覚えはあれど、借りた覚えはないよ。さっさと返してくれないか?この前ののり弁代500円。」

甚平「いや、そうじゃなくて、財布。財布。さっき落とし物係に渡した赤い財布を取りに来たんだ。」

店長「甚平さんいくらなんでも拾った財布で自分のつけ払っちゃいけないよ〜。」

甚平「いやあ、違う違う。ありゃあうちの女房の財布でね。」

店長「何だ、そうだったのかい?あんたもつくづく変わった人だねぇ。この前は落とし物ですって他所様のショッピングカートを持ってきてたじゃないか。あんときは、取られたおばあさんが途方にくれてまたカートに全く同じものつめなおしてたからね。」

店長「まあ、いいや。おい!君、甚平さんの財布を探してやってくれないか?赤い財布だそうだ。」

店長「何?もう誰か持ってったって?甚平さん、もうここにはないみたいだよ。で、どんな人が持ってんたんだい?ハゲ頭に出っ歯、左目に黒い眼帯、眉間と頬には傷があって、腹巻き巻いたおじさんで、杖ついて河原の方へ歩いてったって?」

甚平「あ~、そりゃ段平さんだね。河原に住んでるんだ。」

店長「ハゲ頭に出っ歯、左目に黒い眼帯、眉間と頬には傷があって、腹巻き巻いて杖ついて、河原に住んでる段平さん…その人ボクシングとかしてるんじゃない?」

甚平「いやァそれは、知らないけど。なんかよくタオルを投げてるね。あとは、空き缶とか拾ってるよ。知らない仲じゃないから、河原行って返しにもらってくるよ。ありがとうさん。」

河原

甚平「段平さんのうちはえーと、そうだ、この橋の下だな。ごめんください!ごめんください!」

段平「おう!甚平さんじゃないか。いらっしゃい。また一緒に炊き出し食べに来たの?」

甚平「いや、そうじゃなくてね、」

段平「じゃあ何かい、私らと囲碁でもしにきたの?この前みたいにやっとくれよ。王手!って言って碁石をぶちまけるやつ。」

甚平「碁でもなくて、あのお金」

段平「あ!また私にジュース代たかりに来たのか?」

段平「そりゃあ甚平さん、一緒に空き缶拾ったり、ビッグイシュー売ったりしてくれて助かってるけど、あんた自分の家も持って働いて私よりお金もってるじゃないか。」

甚平「ジュース代じゃなくて。財布、財布だよ。段平さんさっきスーパーで赤い財布を落とし物係からもらってかなかったか?」

段平「ああ、たしかにもらってったね。ぺらっぺらなやつ。え、もしかして、あれ甚平さんのだったの?」

甚平「ペラッペラとは失礼だな。そうだよ。ありゃうちの女房の財布だよ。」

段平「そりゃ悪いことしたね〜。いやさ、さっきさ、スーパーから帰ったあと、河原で熊五郎さんたちと水切りやってたんだよ。そのへんに落ちてる石でさ。」

段平「そんでその時、熊さんまあ見事に平たーい石を見つけてきてね。それを川にピシャッと投げて、そしたら、石がぴょんぴょんぴょんと、この荒川のこっち端からむこう岸の土手超えてあっちにある林までピャーっと飛んでったんだ。」

甚平「へえー、そりゃすごいね。」

段平「それで私はね。みんな帰ったあとに、その石探しに向こうの林に入っていったんだよ。」

段平「林の中に入っていったはいいんだけどさ。そこで足滑らせて中にあった泉にツルッとはまってびしょ濡れになってしまってね。慌てて帰ってきたんだよ。」

甚平「それは災難だったねえ。」

段平「どうもその時にあの財布を泉の中に落っことしたみたいなんだよ。」

甚平「なるほど。じゃあ財布はあの林の中にあるんだね?探してこよう。」

段平「悪いね。私も行けたらいいんだけど、これからちょっと用があるから。」

甚平「いい。いい。一人で行ってくるからさ。」

林の泉

甚平「はぁーこんなとこまで石が飛んでったんだな。お、あれが泉か。」
と言って、甚平が泉の前に立ちますと、その中から、まあ、世にも美しい白い衣をまとった女性が現れたではありませんか。

女神「もし、あなた。」

甚平「おお、女の人が出てきた。へんな泉もあるもんだなぁ。」

女神「あなたが落としたのはこの金の平たい石ですか?それとも銀の平たい石ですか?」

甚平「いや、そうじゃねえんだ。俺が探しているのは」

女神「正直者のあなたにはこの金の平たい石と銀の平たい石の両方を差し上げましょう。」

甚平「おおそうかい。それじゃもらえるもんはもらっとこう。」

甚平「おめえこれ、ただの金色絵の具と銀色絵の具で塗った平たい石じゃないか。手に絵の具ついちゃったよ。いや、俺が探しに来たのは平たい石じゃなくて」

女神「平たい石ではないのですか?では、あなたが落としたのはこちらの金の段平ですか、それともこちらの銀の段平ですか?」

金色の段平「おう!甚平さんじゃないか。いらっしゃい。また一緒に炊き出し食べに来たの?」

甚平「だ、段平さん!?お、おい、おめえ一体この池どうなってんだ?俺ぁ段平さんなんぞ落としてねえ。」

女神「そうですか。では正直者のあなたにはこの金色絵の具で塗られた段平さんと銀色絵の具で塗られた段平さん、両方を差し上げましょう。」

甚平「いらん!いらん!どうなってんだこの池は。何考えてんだおめえはよ。」

甚平「俺は段平さんが赤い財布をこの泉に落としたって聞いたから探しに来たんだよ。」

女神「そうでしたか…。あいにく赤い財布は売り切れでございまして…。」

甚平「売り切れってなんだ、売り切れって。」

女神「ですが、この赤い段平さんなら今だけ50%オフになります。」

赤い段平「おう!甚平さんじゃないか。また一緒に炊き出し食べに来たの?」

甚平「いい!段平はもういい!財布はどこにやったんだ?」

女神「赤い財布ならさっきこちらにいらっしゃった小学生に渡してしまいました。」

甚平「何だって?」

女神「ええ、あそこに見える小学校へ入って行きましたよ。」

甚平「そうか。あの小学校だな。ここは気味が悪いや。さっさと行こう。」

女神「もし、あなたさま。お待ちなさい。」

甚平「なんだ?」

女神「今ならこの金の小学生が90%オフで」

甚平「いらねえやい!」

小学校

甚平「一体なんだってんだあの泉は…」

甚平「ここが小学校か。お、校門開いてる。入っちゃお。」

すると、小学生が何人か集まって地団駄踏んでいるようなことをやっております。

甚平「おーい!お前ら、さっき誰か向こうの林の中に入ってかなかったか?」

小学生「あー。おじさん、おらぁ入ってったよ。」

小学生「おらたちここでサッカーしてたんだけどさ、おらがオーバヘッドシュート決めたら、ボールが学校出てって林の中に入ったんだ。それで探しに行ったら、中にあった泉に落っこちちまってさ。」

甚平「確かにさっきの金の坊主だなぁ…。」

甚平「じゃあ、お前さっきの泉でえれーきれーな女の人に会わなかったか?」

小学生「うん!あったよ。それでさぁ、その女の人がさ「あなたが落としたのはこの金のサッカーボールですか、それとも銀のサッカーボールですか?」って聞いたからさ、おらいいやどっちでもねえ普通のサッカーボールだっていったんだよ。」

小学生「そしたらその女の人が「わかりました。正直者にはこの赤いペラッペラの財布を上げましょう」って言って引っ込んで、でてこなくなって、しかたねえからおらたちこの赤いペラッペラの財布でサッカーしてんだ。」

甚平「あの泉の女は一体何考えてんだ…。」

甚平「まあいいや。悪いな、坊主。実はその財布は俺の女房の財布でよ。返してくんねえかな。」

小学生「だめだー、おじさん。これがなくなったらおらたちサッカーできなくなるもの。」

甚平「財布でサッカーって…。あ~後で代わりのサッカーボール買ってやるからさ、な?」

小学生「いや、今日先生が知らない人からものをもらってはいけませんって言ってたし、このボール代わりのペラッペラの財布は渡せねえ。」

甚平「財布は受けとんのに、サッカーボールは受け取らねえのかい。変なとこ律儀で強情だな、おい。」

甚平「仕方ねえ、こうなりゃ無理くりとってやる。この、返せ!」

小学生「やだねー、ほれパス!」

甚平「あ、学校の外に財布けり出しやがった。おいおい、野郎ドリブルで逃げ出したぞ。」

甚平「くそ、待ちやがれ。」

そして、夕暮れ時の道をするすると小学生はドリブルで駆けていきます。

甚平「のいてくれ、のいてくれ。俺の明日の昼ごはんがかかってんてんだ。」

甚平「あ、いてえ。どうもぶつかってすみません、てこりゃあカーネル・サンダースじゃねえか。おーい、待てえ。」

甚平「はあはあ、よし!捕まえた。財布はもらうぞ。」

小学生「わー、不審者だ~。逃げろ~。」

甚平「財布がありゃあようはない。とっととどっかいっちまえ。」

甚平「さあ、財布は戻ったけど、どこだここは?」

すると、手前の家の戸が開きまして声がします。

おみつ「お、あんた財布とって帰ってきたのかい?えらい時間がかかったね。」

甚平「いや、そりゃもう泉にいったり、河原に行ったり、生意気な坊主追いかけたりしていろんなことがあってさ…」

おみつ「泉に行ったって、一体全体スーパーに財布取りに行くのになんでそんなとこに行ってんだい。おかしなひとだねえ、あんたは。さ、財布をかしてちょうだい。はい、ありがとう。」

おみつ「おや、あんた一体財布に何したんだい?チャックのところが硬くて開きにくくなってるじゃないか。」

甚平「いや、俺は何もしてねえけど、泉に落としたり、ガキどもがサッカーしちまったからな…」

おみつ「なに馬鹿なこと言ってんだい。これどうすんのよ、この財布。チャックが硬いったらありゃしない。」

甚平「まあまあ、それはいいじゃねえかそのままで。」

おみつ「一体なんで、こんなままでいいんだい。」

甚平「そりゃあ、財布のひもが硬くなったんだから。」


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