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『白い人・黄色い人』読書感想。


『白い人』
幼年期に白い腿の女中が野良犬を痛めつけているのを見たことをきっかけに自分の性的欲求に気づいた主人公は、誰かを何かを痛めつけたいという欲求を正当化するため、性悪説の証明を自らの使命として課すようになる。
斜視の自分と同等に醜い神学生・ジャックを標的にし、生涯をかけ、残酷な欲求を満たしていく。
破壊を前提とした目的は達成したとしても、焦燥感以外残さない。
彼が悪魔のような振る舞いを愉しむのは本当に生まれついての性と言えるのか。
救える者を救えなかった悲しみが充溢して心に重くのしかかる。
人は皆進化する。
いつかどこかでこうゆう思いをしている人たちを救える方法が見出されるかもしれない。
それまではただ鎮魂の言葉を述べることしかできない。


『黄色い人』
宗教を持たない日本人の有り様をテーマとした小説。
信じる対象が全く持たない獣として、日本人を描いている。
しかし、
“お天道様が見てるよ“
という言葉が示しているように、日本人にとっても信仰の対象はある。
罪を犯したら裁かれるというような上から抑え込むようなものではなく、ただ見てくる視線として、八百万の神が日常に潜んでいる。
私としては、罰を受けたくがないために動くよりも、視線を受けることにより、世の成り立ちの一構成員として自らを意識して決断する方が清々しく思えるので、日本人のあり方を好ましく感じている。
視線という強度の弱い縛り故、過ちが起きることも一新教の宗教より多くなることは否めないが、自分で決断する裁量が極めて強くなるので、どう転んでも納得いく結果が得られるのではないか、そんなふうに考えて生きてきた。
キリスト教、ましてはカトリックのことなんてわからないので、私の理解していない道理はあるのだと思うけれど。。
考えれば考えるほど分からなくなっていく。
宗教って難しいな。。


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