見出し画像

父と母のヨーグルト対決

実家に帰った日の朝、台所にいる母に
「ヨーグルトある?」
と尋ねた。
「あるわよ。パパが買ってきたヨーグルトなら」

母の声が不自然に大きい。私はすぐ側にいるというのに。それに「パパが買ってきた」とわざわざ言うのはどういうことだろう。
「パパが買ってきたヨーグルトは食べたらダメな気がするの」
不思議に思い冷蔵庫をあけて、”パパのヨーグルト”を確認した。小さなカップのヨーグルトでも入っているのかと思ったら、400gのヨーグルトだ。いくら何でも1人で一度に食べる量じゃない。
「食べたらいいじゃん」
そう言うと、母はまた「パパのヨーグルトは食べにくい」という話を大きな声で繰り返した。なるほど、母はリビングにいる父に聞こえるように言ってるのか。
テレビを見ている父は聞こえているだろうに、黙っている。「食べていい」とは決して言わないつもりのようだ。
 母は声のトーンを少し下げて続けた。
「ママが作ったヨーグルトもあるわよ。パパはいつの(ヨーグルト)菌が入っているか分からないから食べないんだって」

ヨーグルト対決が勃発していた。

そもそも以前は父はヨーグルを食べなかった。ある時、お腹の弱い父は「ヨーグルトを食後に食べると良い」という情報をどこかで聞き、数年前から少しだけ薬みたいに食するようになったのだ。それ以来ヨーグルトは絶対切らしてはいけないものになった。母は長年1人でヨーグルトを気ままに楽しんできたが、父も加わったことで減りが速くなり、をれを補う為にヨーグルトを手作りしている。ところが父に見事に拒否され、ヨーグルト対決が勃発したのだ。

父のヨーグルトか、母のヨーグルトを食べるか迷った。母のヨーグルトでも良いが、ここは風穴を開ける良いチャンスだ。父のヨーグルトを食べることにした。警戒しながら、父の近くでヨーグルトを食べたが、父は「俺のだ!」とは言わなかった。なんだ、食べていいんじゃない。母も気にせず食べたらいいのだ。無くなれば、また買えばいいんだから。

母がどこかに出かけて、父と2人きりになると
「ママのヨーグルトはいつの菌か分からないから嫌なんだよ」
不機嫌そうに父の告白が始まった。どうやら本当に嫌らしい。確かに、お腹が弱い父が心配になるのは分かる。拒否された母の気持ちも分かる。

父の言葉には答えず、最近私が気に入っているヨーグルトの話に切り替えた。
「生乳のヨーグルトおいしいよ。舌触りがすっごくなめらかなの」
「そんなにおいしいのか」
父は少し興味を持ったようだった。

先週、父と母と3人でスーパーに出かけた。父が母に聞いた。
「ヨーグルトあったかな」
「知らないわよ。昨日食べてないから」
母が冷たく返す。「買っておこう」と父はつぶやきながら取りに行った。母と私は後を追いかけた。
「どっちがいい?」
父は2種類のヨーグルトを持って母に聞いた。冷たい空気が流れている。この空気を壊すために明るく私は割り込んだ。
「生乳のおいしいよ!」
父はふーんという顔で、あまり反応がない。母が言った。
「こっちにして」
父は母に言われた方のヨーグルトを買い物かごに入れた。

全ての買い物が終わり、父と母はせっせと手分けして食品を袋につめこんだ。
2人でだけで。

読んでいただきありがとうございます!一緒に様々なことを考えていきましょう!