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エッセイ 故郷のない人の故郷のつくり方

話しかけないでよ、と思っていた。
父はコーヒーを運んできた若い店員さんに
「ここに飾ってあった絵良かったのに、どこに行ったの?」
と聞いた。
アルバイトの女の子がそんなの知るわけないじゃん。
案の定、店員さんは引きつった顔で何も答えられないでいる。
すると、母まで
「あの絵素敵だったわ」
と残念そうな顔をするではないか。
店員さんは、分からないとも言えず、なんとか作り笑いをしていた。

両親はどこに行っても、とにかく話しかける。
社交的すぎるのだ。
そのことが昔は恥ずかしかった。

しかし、今はそれが父と母の才能だと思うようになった。

旅行先でもよく話しかける。
釣りをしている人を見かければ、
「何が釣れるんですか?」と話しかけ
いつの間にか一緒に釣りに行く約束をして、イカを釣ってくる。

北海道では、畑仕事をしている人に
「おいしそうなトマトですね!」
と母が声をかけた。
その方は母の何を気にいったのか
「好きなだけ持っていってー」
と見ず知らずの母にトマトを持たせてくれた。
それから10年。

父と母はその畑のご夫婦と友達でいる。

北海道が父と母の故郷になった。

2人は毎年のように夏に北海道に行く。
しかも夏の間割と長く北海道にいるので、両親に会いにいくには、
飛行機に乗らなければならなくなった。

ある夏、両親に会いに北海道に行った時のことだ。
コンドミニアムで両親と過ごしていると、
母の携帯がなった。

「あらぁ 〇〇さん、どうしたの?」

「今から? いいの? ありがとうございますー」
母は携帯を切ると父と私を見て言った。

「今から〇〇さん達が来るって」
畑を持っているご夫婦だった。

15分くらいすると、チャイムの音がした。
ドアを開けると、がっちりした体形で日焼けをした旦那様が鍋をかかえ、立っていた。
奥様はトマトやアスパラガスをかかえている。

父は

「おーありがとう! 〇〇さんところのアスパラガスほんと美味しいんだよー、甘いんだ」

と私に嬉しそうに見せる。

ご夫婦に挨拶をしたが、目はあまり合わず、どちらかというと不愛想な感じだ。そしてあっという間に帰られた。

残された鍋を開けると中身は、
たくさんのおでんだった。
娘の私が来ていると聞き、わざわざ届けて下さったのだ。

おでんを食べながら思った。

これを作るのに何時間かかったのだろう。

ご夫婦が両親を迎え入れてくださっていることが伝わってきた。

父と母には故郷がない。
親がいなくなったり、引っ越しを繰り返すと、故郷だと思える土地がない。両親だけでなく、最近はそういう人は多いのではないかと思う。

でも、故郷はあった方が良いと思う。

なぜなら故郷は、
現実と離れ、日常とは違う生活を送れる安らぎの場所だからだ。
帰らなくても、帰る場所があると思うだけでずいぶんと心強い。

故郷がない人も、父と母を見ていると故郷を作れることが分かる。
気に入った土地で地元の人に声をかけるだけだ。
話しかけ関りを持つところから、故郷づくりは始まる。

図々しい父と母。きっと迷惑がられ、失敗もしたに違いない。
でも、冷たくあしらわれても二人は気にしている様子がない。
かつて声をかけた若い店員さんのことなど、すっかり忘れているだろう。
ふられ続けても、1つの出会いが全てを上回る。

少し肌寒い夏の北海道で食べたはおでんは、あたたかった。
昆布の出汁が体中に染みわたった。


#ウェルビーイングのために

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