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「社会的ネットワーク」が被らない人にフォローされても無意味説

みなさん、こんにちは。柏のひとという名前で、いつもTwitterに生息しています。

最近、ZOZOの田端さんが書いた本をモチーフに、「#ブランド人になれ」というハッシュタグを付けたツイートを頻繁に目にするようになりました。

また、それと同時に「フォロワーが○○人いない人間は終わってる」といった過激な表現もあり、インターネット上で議論を巻き起こしていることは記憶に新しいでしょう。

私としては、「個々人が成し得たいこと」「実現したい世界観」が明確にあれば、その真意に共感するフォロワーを増やすことは必須の条件であると考えています。

ただ、それと同時に手段が目的化してしまい「フォロワーを増やすこと」がゴールになっている人は、現状少なくありません。

そんな中で、福間さんの同様の気づきのツイートを目にし、このnoteをサクっと書くことにしました。


大前提として、フォロワーは「多ければ多いほど良い」

ただ、あくまで大前提として「フォロワーの数は多ければ多いほど良い」のは当たり前です。

でも、Twitterにおいて、フォロワーはbotで簡単に増やすこともできれば、「パクリツイート」と呼ばれる方法にて、マス的なアプローチで注目を集めることは実に容易です(著作権問題においては、当然ながらNGな行為ですが…)。

実際に、7月に行われたTwitterの取り組みにより、各方面にて「フォロワーが減った」との声が多数ありました。

その中には、フォロワーが減ってもダンマリを貫き通す方や、「減った理由」に心当たりのある方がツイートするケースもあるなど、実にさまざまな反応に溢れていました。

こうなってくると、順序として「自身の興味関心をアウトプットする < フォロワー数をKPIに置く」という状況に陥ってしまうのは、かなりナンセンスかなと思うようになります。

botアカウントに対してツイートを繰り返す行為の虚無感は半端ないですし、ツイートをしながらも「実はそこまでフォロワーいないんだけどね」という後ろめたさを感じる機会は、心理的にはマイナスに作用し、精神的に悪影響を及ぼすケースを過去に沢山見てきました。


自分との関わりが薄い「社会的ネットワーク」と繋がること

また、上記の「botフォロワーを増やした/フォロワーを買った問題」と合わせて、自分と興味関心が遠い人と相互フォローになったとしても、実際はタイムライン上での関係性が希薄になってしまうケースが少なくありません。

たとえば自分のアカウントをフォローしていただいている場合、

・千葉北西部キッカケの繋がり
・マーケティング関連の知見/考え方
・Webメディアや情報発信文脈
・SNSや双方向的なコミュニケーション
・仕事観やモノの考え方などへの共感
・サッカーやスポーツ関連の趣味

といった項目のどこかでフォローいただいたケースが大多数かと思いますが、上記のどこにも趣味趣向が一致しない場合、フォローをし続けていても普段の呟きに興味を見出しにくいかと思われます。

理由としては、興味関心に乖離がある場合、冒頭で述べたような私自身が「成し得たいこと」や「自分の持っている価値観」への共感を得にくい故です。

具体的な例を挙げるならば、地元が同じ元ジャニーズのアイドル(日本人の大多数が知っている方)に私がフォローいただいた際に、彼に興味を抱く多数の方からもフォローいただきました。

その際に、自分がそうした呟きに振り切り、「地元が同じ」という文脈を度外視したツイートを繰り返し、自分の考え方を封印する方法もあったかもしれません。

でも、そうした情報発信をした際に残ったTwitterアカウントは、「人間味」を失ってしまうため、「結果的には何も残らないかもしれない」という危機感がありました。

えとみほさんの呟きでもありますが、「プロデュースされた雰囲気を感じるアカウント」は、そこに本音を見出しにくい状態へと陥ります

だからこそ、普段の呟き、コミュニケーションに共感してくださる方と繋がるようになれば、ゆくゆくは「自分のコトバ」に人間味を感じていただくようになり、意見や考え方に深く共感してくださる機会の増加、マーケティング用語でよく言われる「エンゲージメント」に繋がっていくのだと考えています。


自分の興味関心に正直に生きることが大切

私自身は優れたビジネスマンでもなければ、世の中に対して大きな声を出せる人間でもありません。

でも、自分として大切にしたい世界観は当然ありますし、そこに共感してくださる方々との時間を大切にしたいと日々感じています。

そんな方々と接する上で意識していることは、「自分の興味関心に正直に生きること」だと思っています。

Twitterで自分の「本当に伝えたいこと」を隠し続けたり、自分に嘘をついたり、相手をダマしたりする行為を繰り返し、結果として「フォロワー数」というKPIを達成したとしても、そこには何も残らない可能性があります。

Twitterに残り続ける人たちというのは、テキストでのやりとりが好きで、自身が属するコミュニティの広がりを求めている人たちに他ならないと思います。

そのため、「SNS上での広がりに可能性を見出す人や、誰かとの繋がりを模索したい人に愛されているサービスがTwitterである」というまとめで、今回のnoteを締めたいと思います。

出典:リアルな10代はTwitterを「やめる」のではなく、「フェードアウト」か「アンインストール」している説|柏のひと🍣|note

上のnoteでも言及した通り、「自分のスキ」を理解し、その興味関心に基づいた呟きをし、その結果として人間味溢れる方と出会えるキッカケを生むことが、Twitterを使う1番の理由であると私は考えています。

だからこそ、肩書きや所属組織を言い訳にせず、「自分のコトバ」で話す人が増えれば嬉しい限りです。

そうなれば、世の中はもっと面白くなるし、かけがえのない繋がりが生まれやすくなる、ひいては自分の価値観に多様性を見出してもらえるようになると思っています。

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