女の子とウサとの哲学的対話「やる気を出すためにはどうする?」

〈登場人物〉
サヤカ……小学5年生の女の子。
ウサ……サヤカが3歳の誕生日にもらった人語を解するヌイグルミ。

サヤカ「はあ……」
ウサ「何しているの、サヤカちゃん?」
サヤカ「社会の宿題をね……やろうとしているところ」
ウサ「やりたくないんだ?」
サヤカ「やりたくないよぉ、わたし、社会嫌いだもん」
ウサ「でも、やらないといけないのね?」
サヤカ「宿題だからね。明日、提出なんだ」
ウサ「じゃあ、やらないとね」
サヤカ「そうなんだけどさぁ……ねえ、ウサ、やりたくないことをやる方法ってないかな。やる気を出す方法」
ウサ「あるよ」
サヤカ「あるの!? 教えて!」
ウサ「やる気を出すためにはね、実際にやってみるといいみたいだよ」
サヤカ「……どういうこと?」
ウサ「脳の中には側坐核っていう部位があって、そこがやる気スイッチらしいのね。このやる気スイッチが入るとやる気になるらしいんだけど、そのスイッチを入れるにはね、実際にそれをやってみる必要があるらしいの」
サヤカ「ウサ……」
ウサ「なあに?」
サヤカ「そもそも、実際にそれをやってみるためにやる気が必要なのに、やってみないとやる気が出てこないなんて、そんなのやる気を出す方法でもなんでもないよ。だって、実際にやってみることができたら、それってやる気があるってことじゃん」
ウサ「面白い話だよね?」
サヤカ「全然面白くないよ~」
ウサ「でも、この話にはまだ続きがあって、あることについてやる気を出すためにはやってみるしかないんだけど、やる気スイッチを入れるためには、そのことについてのちょっとしたことをするだけでいいんだって」
サヤカ「どういうこと?」
ウサ「サヤカちゃんは、ちょっと机の上を整頓しようとしただけなのに、お部屋全部をすみずみまで掃除しちゃったことって無い?」
サヤカ「あるよ!」
ウサ「それはね、ちょっとした片付けによって、掃除のやる気スイッチが入っちゃったってことなの。これと同じようにね、社会の宿題に関しても、ちょっと一問解いてみることで、やる気スイッチが入って、他の問題にも取り組めるんじゃないかな。やる気スイッチを入れるための行動は、ほんのちょっとしたことでいいのよ」
サヤカ「へえ……じゃあ、試してみようかな」
ウサ「頑張って!」
サヤカ「ねえ、ウサ。その前に、やっぱり気になるんだけど……やる気を起こすためには、実際にやってみるしかないってことなんだけど、でもさ、実際にやってみる前からやる気があることもあるよね」
ウサ「あるね」
サヤカ「それってどういうことなんだろう。だって、そうしたらさ、やる気スイッチがやる前から入っていることにならない?」
ウサ「ふふっ、そういうことになっちゃうね」
サヤカ「でも、そんなのおかしいじゃん!」
ウサ「おかしいよね」
サヤカ「どういうことなの?」
ウサ「何かをやるために、『やる気』なんて必要無いんじゃないかな?」
サヤカ「えっ!? だって、何かをするためには、それをしようとする気持ちが必要でしょ?」
ウサ「本当にそうかな? 本当に何かをするためには、それをしようとする気持ちが必要なのかな?」
サヤカ「だ、だって、しようと思わないとできないじゃん! ……まばたきとか呼吸とかは別だけどさ」
ウサ「うん、まばたきとか呼吸とかは、そうしようと思ってそうしていることじゃないよね。でも、その他のことも、実は全部そうなんじゃないかな。サヤカちゃんは、何かをするときに、いつもその何かをしようって思ってる? たとえば、さっきまでマンガを読んでいたよね。そのとき、マンガを読もうって思って読んだの?」
サヤカ「えっ……うーん、別に読もうって強く思って読んだわけじゃなくて、つい読んじゃっていたんだけど。でも、そうしたってことは、そうしようと思ったってことでしょ?」
ウサ「今、サヤカちゃんが言った通り、そうしようっていう気持ちなんてもともとなくてね、実際にそうしたあとに、『そうしたってことはそうしようと思ったんだ』ってことになっちゃうんじゃないの?」
サヤカ「えーっ! ……で、でもさ、もしもそうだったらさ、どうして、人はあることをするの? そうしようと思ったからそうするわけじゃないとしたら、どうして、そういう行動をするの?」
ウサ「人がどうしてあることをするのか、その理由が分からないから、それをやろうとする気持ち、つまり、『意志』というものが、あとから考え出されたんじゃないかな。人があることをするのは、それをする意志があったんだっていう風にね」
サヤカ「じゃあ、ウサは、人間にはもともとは『意志』が無かったって言うの?」
ウサ「そのもともとっていうことはね、『意志』という言葉を持ってしまった今となっては、もう言うことはできないのよ。人間には『意志』があることになった。だから、人間には『意志』が無いんじゃないかなんて言うことには、もう意味が無いの。人間にはちゃんと『意志』があるのよ。でも、それは、もしかしたら、人間の行動の理由を説明するための一つの仮説かもしれないってことよ」
サヤカ「うーん……何かをするためにやる気が必要無いなんて……」
ウサ「社会の問題をやる気がますます無くなっちゃった?」
サヤカ「うん、なくなっちゃったけど、でも、社会の問題をやるために、本当はやる気がなくてもいいかもしれないってことは、やる気があるかどうかっていうことは、やることとは関係ないわけだから……このやる気が無い状態でやってみるよ!」
ウサ「やる気が出たようでよかったわ。じゃあ、今度こそ頑張ってね」

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