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「どろろ」の挿入歌を吹いてみた。




手塚治虫のアニメ「どろろ」は、15世紀末にかけての日本の戦国時代を舞台に、48の妖怪(魔物)を倒し自分の体を取り戻す旅に出る百鬼丸と、一緒に旅をする泥棒の孤児、どろろの物語。




単なる鬼退治のような内容のようだが、戦争と平和、正義について描かれ、手塚治虫からの強烈なメッセージを感じる。


2022年4〜6月にかけて期間限定配信されていた。




このメロディーは、冒頭、百鬼丸が赤ちゃんの時に、盥に入れられ川に捨てられるシーンで篠笛か何かで美しく演奏されていた。男性コーラスと太鼓で重々しい雰囲気の時など、アニメの随所で色んなパターンで流されている。

あまりにも切ないメロディーで心に刻まれます。



もとは1967年から描かれた漫画。
Wikipediaに詳しく書かれています。



百鬼丸が魔物を退治するたびに、自分の体を取り戻す。

百鬼丸を拾ってくれた医者・寿海によって、腕に刀がつけられている。



特に印象的なのは「ばんもんの巻」。




どろろと百鬼丸はとある町境に辿り着く。以前は一つの町だったのが、ちょうど国境にあった為二つに分けられ、敵同士となってしまった。その砦にあるのが「ばんもん」という壁の一部。昔はずっと続いていた壁が、一部分だけ残り、そこは見せしめの為に敵を殺す処刑場にもなっている、という場所。


「ばんもん」と聞いて真っ先に思い浮かんだのが、板門店だ。
板門店は、朝鮮半島中間部に位置する朝鮮戦争停戦のための軍事境界線上にある地区。1953年以降、70年近くに渡る朝鮮半島の南北分断を象徴する場所となっている。


手塚治虫氏はこの国境の事を思いながら描いたのだろうか。その頃はまだベルリンの壁も健在していた。



いつも思う。
同じ民族なのに、なんという悲劇なんだろうと。

もし日本列島が真っ二つになったとしたら…。


北は富山県と新潟県の県境から、飛驒山脈の南端、御岳山までで、その流れでいくと飛騨川から木曽川にかけて、伊勢湾までがちょうど山と川で境になる。もしくは、短い国境線になると若狭湾から伊勢湾まで伊吹山地を境にするとか。ただ、主要な湾(港)を仲良く使うことはないだろうから、やはり港の無い国境で飛驒山脈から木曽山脈に南に下ることになるのだろうか。


いずれにしても、私は岐阜県出身なので、「ばんもんの巻」のように、たまたま隣町に遊びに行っていて家族と離ればなれになってしまった、なんてことになるかもしれない。木曽川で分けられたら、中部地方のあちこちに住んでいる親戚とは離ればなれになる。


なんてこった。



ということが、今現実に彼の地で起きていたりするのだから、やりきれない。



「平和を守るため」という言葉をよく耳にするが、平和なんてもともとあったものではなく、慈しみ育てるものだと思っている。水やりを怠った鉢の花がすぐに枯れてしまうように、気がついたらすぐに消えてしまう。


家族や他人と一緒に暮らしたことのある人なら経験するはずだ。家の中の平和を維持するのは、日頃の多大な努力が必要。努力無しでは平和は有り得ない。家族でも自分以外の人は他人と同じで気を使うし、思いやりを持って接しないと空気は荒れ果てちっとも平和ではない。それは会社や学校でも同じだろう。


こんな小さな単位でも平和を維持するのに大変なのに、国家間であれば多大の努力が必要だ。その努力もしないで武器だけ買ってとりあえず準備しておくとは単なる怠慢としか言いようが無い。




手塚プロダクション公式チャンネルの第一話が配信されています。


またいつか、全編配信されるのを期待して🙏




そして、朝鮮半島の国境も一日も早く自由に行き来できるように願うばかり。



古典本曲普及の為に、日々尺八史探究と地道な虚無僧活動をしております。サポートしていただけたら嬉しいです🙇