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耳の不自由だったもう1人の刀工、「高橋長信」

以前「耳の不自由だった唯一の刀工、聾長綱」と題して書きましたが、その後フォロワーさんより耳が不自由だった刀工は幕末にもう1人いるよ、と教えて下さいました。
その刀工の1振は現在警視庁博物館に展示されているようですが、その刀工について刀屋さんにお聞きすると「うちにもあるよ」という事で写真を見せて頂けました。
本当何でもあるな…と驚きを隠せないままにお写真を拝見。

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新々刀の上作の評価(新々刀であれば上から最上作、上々作、上作、中上作、中作となる)を受けている長運斎綱俊門の刀工で、松江藩(島根県松江市)に属していた刀工。
明治2年5月20日、64歳で没。

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また相州冬広の17代目に当たる為、「冬広十八代孫」と切ったものもあるらしい。

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刃文は小沸が良くついて冴えた様子が伝わってくる。刃文は丁子の揃ったものが多い様子。

地鉄は全体的に小板目が良く詰み、無地風になっている。
以下の地鉄に現れた独特な模様は地景なのだろうか?
これは刀屋さんに行く機会などあれば是非お伺いして見たい内容。


画像3そしてこの高橋長信も耳が不自由だったからか、「聾司」と号し茎に刻んでいる事も。
聾長綱と同様、耳が聞こえない事に対して誇りをもって仕事に臨んでいた事が伺え、そのような姿勢から学ばされる事が多くあると感じます。

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それでは皆様良き御刀ライフを~!

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↓この記事を書いてる人(刀箱師 中村圭佑)

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