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生贄にならないあなたへ

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創作大賞に応募した短編です。三万字くらい
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#短編小説

「生贄にならないあなたへ」第五話

「生贄にならないあなたへ」第五話

前回

 塚本は相変わらず玄昌の指を受け止めようとしては、失神を繰り返していた。
 指強は毎日行われた。玄昌の強さを知って塚本も懲りたと木戸は思っていた。想像以上の執念深さに木戸は笑うしかなかった。
 執念深いのは玄昌にだけではない。
 週に一度は必ず、塚本は氷川に告白した。
 氷川に告白をしては屋上を肉吹雪で満たした。
 試合まで二週間前となっていた。
 屋上に桜が舞った。
 金井りょうは、塚本

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「生贄にならないあなたへ」第六話

「生贄にならないあなたへ」第六話

前回

 木戸の父母が死んだのは5歳の頃だった。
 どこかの他流派との闘いに敗れたのだという。玄昌は言葉少なく木戸の問いに応じた。
 次の日、玄昌は早朝から家を出た。外が暗くなっても玄昌は帰ってこなかった。両親のように消えたのではないか。そう思いかけた時、玄昌が帰ってきた。木戸は玄昌の姿を見て息を呑んだ。
──玄爺、血だらけだ
──敵の血なり。手当は無用
 玄昌は一人で街の道場を巡り、皆殺しにして

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「生贄にならないあなたへ」第七話

「生贄にならないあなたへ」第七話

前回

 塚本の木戸流は日を追うごとに冴えを見せていた。季節は流れ、吹く風も骨身に染みる冷たさとなった。気がつけば、試合は明日に控えていた。
 その日も桜が舞った。

 臼田直義は図書委員だった。身体は大きく、180cm、130kgの体格があった。入学した時は、運動部から誘いがいくつもやってきたが全て断っていた。
 争いごとよりも、静かに本を読んで一日を過ごせるならずっとそうしていたい性質だった。

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「生贄にならないあなたへ」第八話

「生贄にならないあなたへ」第八話

前回

 桜の舞う前日のことだった。
 臼田直義は呆けたように輝くシャンデリアを見つめていた。
 街のはずれには城がある。校内で噂は何度か聞いていた。誰が住んでいるのかは、人によって様々だった。ドラキュラと言う人もいれば、東京のヤクザと言う人もいた。
「君だったなんてね」
 臼田は目の前で背を向ける少年に言った。
「驚いた?」
 少年がくるりとこちらを向いた。臼田に比べると小柄に見えるが、160セ

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「生贄にならないあなたへ」第九話

「生贄にならないあなたへ」第九話

前回

「アーマーゲドン……!」
 木戸はその破滅的な名前を繰り返した。
 西洋甲冑のどす黒い殺気が強まる。
 木戸は氷川を背後に隠す。塚本が気絶したままである今、彼女の命は木戸が守らなければならなかった。
「あの甲冑知ってるの」
 氷川の質問に、木戸は首を横に振る。
 アーデルベルトと目の前の甲冑は何の繋がりがあるのか。木戸が思案する暇はなかった。
「全員粉砕だ! 千斤担ぎのヴィルヘルムよ!」

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「生贄にならないあなたへ」第十話

「生贄にならないあなたへ」第十話

前回

 木戸は変わり果てた自分の右手を見つめる。
 小指と親指以外が根本から千切れ、とめどなく血が流れ出た。木戸流の要である三本貫手はもう握れない。
 木戸は歯噛みした。
 俺は弱い。指を奪われた自分を、祖父が見たら何というだろう。木戸は己の弱さを呪った。
「使いな」
 鼻先に氷川がハンカチを出した。猫の刺繍が入っていて可愛らしい。
 木戸は黙ってハンカチを氷川に押し戻した。代わりにシャツの端を

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「生贄にならないあなたへ」第十一話

「生贄にならないあなたへ」第十一話

前回

 氷川と別れた後、塚本と木戸は稽古に向かった。去り際に、塚本はK-1のチケットを氷川に渡した。「気が向いたらね」と氷川は家路についた。
 氷川がやってくる。明日への気合いは十分に道場の扉を開ける。
 玄昌はいつも通り、正座していた。無感情な目が二人を見据える。木戸も塚本も受けた傷は大きい。だが、指強を止める理由にはならなかった。
 「木戸流は常に万全なり」。玄昌が呟いた言葉が全てだった。

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「生贄にならないあなたへ」第十二話

「生贄にならないあなたへ」第十二話

前回

 道場の扉が開いているはずがない。魂なき玄昌はすべての扉を閉め、あの暗い穴で睡眠をとるはずだ。
 木戸は道場に足を踏み入れる。畳に無数の引っ掻き傷がついている。どうつけたのかは分からない。
 筆先を思いっきり振ったような血痕が道場内に散らばっていた。
 真ん中には玄昌がいた。膝をつき、両腕をだらんと垂らしている。玄昌の道着の右袖が血を吸って赤黒い。胸元に大きな穴が開いていた。
「……玄爺ッ

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「生贄にならないあなたへ」第十三話

「生贄にならないあなたへ」第十三話

前回

 総合体育館の水銀燈が照らす中、氷川は目の前の出来事を見ているしかなかった。
 会場の中央にリングがある。選手たちが意気揚々と立っていたマットは血の色で元の色がわからない。今や、倒れ伏す格闘家の山と化していた。
 その山の上に片膝を立てて髑髏男がキックボクサーの胸に貫手を貫通させていた。
〈何をしておる! 盛り上げよ!〉
 実況席にいた中年のアナウンサーは短く叫んだ後、気を取り直して叫んだ

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「生贄にならないあなたへ」第十四話

「生贄にならないあなたへ」第十四話

前回

 髑髏の怪人、木戸阿刀勢が氷川を覗きこむ。歯の隙間から冷たい呼気が漏れている。死を司るような圧が氷川にのしかかる。負けじと阿刀勢の眼を合わせた。
「アイツに生贄にされたんだ。それでアタシに八つ当たりってワケ?」
 氷川が鼻で笑う。手が震えないように握りしめた。
〈塚本も大したものよ。奴を殺して我々はさらに高みを目指す〉
「どうだか」
 阿刀勢は氷川の動揺を見透かしたように、眼窩を光らせる。

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「生贄にならないあなたへ」第十五話

「生贄にならないあなたへ」第十五話

前回

 バンコクのスポーツバーでは、早朝に関わらず、客が集まっていた。日本で行われるK-1の試合がネット中継されていたのだ。ワンチャイを目当てに、プロジェクターの前に客たちが身を寄せ合う。だが、大映しになった画面に目当てのワンチャイはいない。髑髏男と片目の少年と傷だらけの少年が映っていた。
 片目の少年が髑髏男の一撃をひらりとかわした。客たちから歓声があがる。
「あいつなら、やってくれるかもしれ

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「生贄にならないあなたへ」第十六話【完】

「生贄にならないあなたへ」第十六話【完】

前回

 喫茶シャルルは、開店以来最大の賑わいを博していた。
 商店街に面しており、普段でも客足は途絶えないが、ここ数日は観光客と地元の人でごった返していた。
 氷川の父親は、カウンターで忙しそうにコーヒーを淹れては客席に運んでいる。
 木戸は店の隅にあるテーブル席に座っていた。隣には氷川がいる。塚本は反対側の座席でアイスコーヒーにミルクを入れていた。
「今日も告白を?」
「もちろん。5時になった

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