マガジンのカバー画像

平成八年生肉之年

6
第2回逆噴射小説大賞に出したお話の続きを書いています
運営しているクリエイター

記事一覧

平成八年生肉之年--06

平成八年生肉之年--06

承前

神立悟

 峠を上る轟音が夕闇を切り裂く。坂道をヘッドライトがぎらぎらと照らした。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……10台近くのバイクのヘッドライトが一つの光の塊となって廃リゾートを目指す。
 先頭のバイクがエンジンを唸らせる。悟のゼファーだ。吹き付ける突風で白い特攻服がはためいた。峠を登り切るにはあまりにも速すぎる。自殺に似た走行の中、悟はやり場のない怒りをスピードに変換していた。
 ひ

もっとみる
平成八年生肉之年--05

平成八年生肉之年--05

承前

平岡辰雄

 平岡は観覧車をじっと見つめていた。
 数日前、新たに子どもが行方不明になった知らせが入った。顔剥ぎ事件、虐待事件に続いて署内は色めき立っていた。
 平岡は鉢村を連れて現場の屋上遊園地を捜査していたところだった。
 青空を背景に、黄色いゴンドラがちょうど12時の位置に来ている。ゴンドラの屋根の上には男がいた。男の見た目は奇妙だった。紺の浴衣姿で、顔は肉の仮面で覆われている。
 

もっとみる
平成八年生肉之年--04

平成八年生肉之年--04

承前

初川千歳

 わあわあと子どもたちの声がこだまする。
 洋月モールの屋上遊園地は、平日も市内の子どもで活気に満ちている。観覧車には親子連れの列が出来ていた。園内では最も見晴らしがいいため、人気のアトラクションのようだ。時折歓声が聞こえた。
 千歳はゆっくりと回るゴンドラを見ながら、もの思いにふけっていた。
 普段であれば平和に見える風景を楽しむ余裕は今はない。
 千歳は息を吐き、頭がぐった

もっとみる
平成八年生肉之年--01

平成八年生肉之年--01

初川千歳

「三角生研、あなたの健康と未来を支える、バイオテクノロジーのリーディングカンパニーです」
 明るい曲とともにラジオからCMが流れた。千歳はいつもこのCMが流れると声の大きさで驚いてしまう。編集長によれば、朗々と喋っているのは社長である三角妙子なのだという。妙子は今年で70を超えるというが、溌剌とした声には老いの影は見当たらない。千歳はボリュームを絞った。
 乳白色の霧が遮るように道に立

もっとみる
平成八年生肉之年--02

平成八年生肉之年--02

承前

平岡辰雄

 錆びた鉄の階段が霧で濡れている。平岡辰雄刑事が一段ずつ上がる。60を超え、段差がこれほど怖いものになるとは思わなかった。年齢に勝てない自分を忌まわしく思う。革靴の踵でカンカンと階段が鳴った。二階ではアパートの扉が開かれ、捜査員たちがひっきりなしに出入りしている。ちょうど出てきた若い捜査員に声をかけた。
「鉢村」
「平さん」
 鉢村と呼ばれた捜査員が平岡に駆け寄る。鉢村要巡査は

もっとみる
平成八年生肉之年--03

平成八年生肉之年--03

承前

神立悟

 赤い血潮が流れ出るたびに思う。おれの身体には血の代わりにガソリンがぶち込まれている。
 神立悟が最初にそう思ったのは、小学四年生の給食の時間だった。担任の教師が悟の飯を大盛りにした。
 ふかふかの白飯よりも先に、担任の視線に目が行った。耐えられない感情が身を灼く。 
 悟は言葉より先に、教師の鼻に掌底を打ち込んでいた。
 悟の家は父と暮らしていた。周りの態度から滲み出る憐みには

もっとみる