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ラテンアメリカ -体感しにくい価値観を、歴史で感じる-

ラテンアメリカとは、南北アメリカ大陸とカリブ海の島々の国のうち、アメリカ合衆国とカナダ、除いた国のことを総称しています(ガイアナ、スリナムの2国も除くという説もあります)。もっとも、この「ラテンアメリカ」という呼称自体も、果たして彼らの総意の概念なのかというと、議論の余地が結構あります。

超多民族圏・ラテンアメリカ

国名に「多民族」と明記したボリビア

南米の中央やや西よりにあるボリビアは、2009年に「ボリビア共和国」から「ボリビア多民族国」に国名を変更しました。時の大統領は2005年12月の大統領選挙で選ばれた、先住民出身のモラレス氏。先住民出身の人物が大統領になるのは、ボリビアとしては史上初、南米大陸でも史上2回目です。 

移民流入の歴史

ボリビアは「多民族国」という名前を自らにつけたのですが、ボリビアに限らずともラテンアメリカ全体が超多民族圏です。ここには、かつて欧州の人からインディオと言われていた先住民がいましたが、いわゆる“新大陸の発見”以来、征服者としてスペイン、ポルトガル、その後は移民者としてフランス、イギリス、イタリア、オランダなどからも人が流入し、また奴隷としてアフリカからも人が連れてこられます。
 
その後、世界的に人権という考えが生まれて奴隷制度が禁止されていくと、今度はアジア人労働者がやってきます。また途中から、自身も多民族国家であるアメリカ合衆国の介入が強まっていきます。
 
これほどの多彩なルーツを持つ人々が時代ごとに現れてくるのですから、当然利害関係は複雑化していきます。火種を抱えながら1つの国として運営していくために、ラテンアメリカ各国ではしばしば強力な軍事独裁政権が登場します。そしてこの軍事独裁政権の中には、独裁政権を最も嫌う国家・アメリカ合衆国が後ろ盾になっているものもあります。
 
ここら辺は、理念と合理性が矛盾したときも平気で両獲りできてしまうアメリカ合衆国のらしさが体現されていますが、それによって一部のラテンアメリカの国には、独裁政権打破と反米主義という、これまた本来は矛盾するはずの理念が両立した思想が生まれてくることになります。

反米もしくは反帝国主義という価値観は今なお、ラテンアメリカの各国内に強くあり、世界三大広告賞のひとつ「カンヌライオンズ2022」でグランプリを受賞したプエルトリコのラッパー歌手・RESIDENTEの「THIS IS NOT AMERICA FT. IBEYI」は、これまで米国を中心とした帝国主義に虐げられてきたラテンアメリカの歴史を痛烈な形で表現しています。このMVが世界中で注目され、世界三大広告賞でグランプリを取るという現実を、私たちは直視する必要があると思います。
 
めちゃくちゃ簡単に言うと、こうした歴史を積み重ねてきたのがラテンアメリカです。 

案外曖昧な“民族”の定義

何百年もかけて世界中から移民がやってきているラテンアメリカ。ここではかなり早い段階から、征服者(白人多め)・先住民・奴隷(黒人多め)の各々で混血化も進んでいきます。
 
この“混血”という言葉。いわゆる人種や血統など見た目やルーツで判断されていると思いますが、実はかつてはそこまで厳密な規定はなかったようです。少なくとも、ラテンアメリカにおける当初の植民地支配においては、親の認知や社会的な立ち位置で「スペイン人」にも「先住民」にも「混血(メスティーソ)」にもなりうるという、もっと曖昧な境界線だったようです。

こういった価値観は、私のように現代日本に生まれ暮らし続けている人間には、体験的には理解が難しいところです。歴史は、こうした体験することのできない価値観を学ぶことができるものでもあると思います。

ラテンアメリカ×歴史メンタリティ

そんなわけで今回は、ラテンアメリカ特有の「多民族」を意識しながら、歴史を調べたいと思います。

そもそも、なぜラテンアメリカに世界中から人がやってきたのか。そのとき世界では何が起こっていたのかなどの背景を組み合わせることで、ただ「ヨーロッパが先住民を征服しました。ひどいよね」という悪者論ではなく(いや実際ひどい話ではあるのですが)、

  • 行動には様々な背景があり、本人も自覚があるか分からないような連綿と続く価値観に人は動かされていることもある

  • だから、目の前の行いや言動だけで決めつけず、「なぜ彼らは」という視点を複層的に重ね合わせて見る

といったことに向き合えればいいなと思っています。

また、ラテンアメリカに新たな民族が流入するときには、世界史、特にヨーロッパの歴史的な転換と密接な関係があります。人の行動は、知らないうちに別の誰かに影響を与えていることも感じられると思います。

ちなみにラテンアメリカといえば、シモン・ボリバル、ホセ・マルティ、エルネスト・チェ・ゲバラ、フィデル・カストロなど著名な革命家が数多く現れた地域でもあり、そこにも多くの歴史的背景があるのですが、正直これはこれでまた一つのテーマとしたいので、今回は彼らは影薄めになるかと思います。

期待していた人、すみません。

次回

まずは「背景」回が続きます。
“新大陸発見”前後の西欧について


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