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お客様に育てていただく

後進を育て、イズムをつくっていくためのポイントは「とにかくスタッフに任せきる」ということ。もうひとつ、これも超大事なのですが、「お客さんとの信頼関係をつくりあげる」ということです。

人は誰かのためになりたいという気持ちがもともと備わっていて、誰かのためになることが生きる意味の一部だったりもします。
第三者ではなく、自分がやっていることに充実を覚えて、心が満たされるのです。

自分ごと、他人ごととはよく言いますが、他人ごとは、どうしても“やらされている”感が強く、不平不満を抱いてしまいます。
他人ごとがいつの間にか自分ごとになってしまえば、乗りかかった船だから…なんて言いつつも、なんだかんだで最後まで手伝ってしまいます。

お客様と一緒に育てていく。

そんな思考は僕にはなかった。
お客様に出すものは、完成されたものでなければいけないと思っていたし、そこから成長を見ることができる可能性があったなんて思いもしなかった。
これは、中途半端なものを出すという意味ではない。
お客様の求めている合格ラインは超えつつも、その先に満点を設定することで、常によりよいものを追求する体制ができているのです。
その成長をお客様が楽しめるということなのだ。
この間食べた時もおいしかったのに、今日食べたらもっとおいしくなってる!みたいな感動を与えることができる。

僕の中で飲食店の料理というのは、その出されたものが100%で、それより劣ることがあっても、それ以上においしくなることは想定していなかった。

物語思考という言葉が最近出ているけど、これもまさにそうなのかもしれない。
今はここまでだけど、日を重ねていくごとに改良されていって、それをSNSを中心に誰でもその成長過程が見られる状態になっていて、完成したらそれを食べにまたお客さんが来てくれる。

見てるお客さん側からしてみれば、あの時はあーだったけど、今度はどんな感じになったんだろうって思うから、それを確かめに行っちゃう気持ちはわからないでもない。

これはまさに“共犯”だ
ここだけの秘め事のでっかいバージョンである。全然秘めてないけど。
成長過程を届けたことによって、気になる人だけがそれを見ることになる。これはもはや自分たちしか知らない情報で、我々が確かめにいかなければ、成長しているかどうかわからい状態になっている。それはつまり“自分ごと”になっているのだ。

今日はいつもと違う。
という違和感を楽しめるかどうか。
それはお客様しだいであって提供する側がコントロールできるものではない。
だから、このnoteみたいな媒体を利用して、僕らはこういうスタイルでやってます、というのを発信していく。それがいつの間かお客様にも浸透して、そういうのを楽しみしてくる人だけがやってくる。
それがイズムとなるのだ。

一緒に育てるという思考は、飲食店の新たな楽しみのひとつになると思うし、そういう懐の深いお客さまを大切にしてかなければ、今後成り立っていかないようになるのだろう

それはガッカリさせないようにする。みたいな信用を失いたくないという考えではなく、もっと深いところ、つまりは“信頼”関係を作り上げることによって、自分たちがどんどんチャレンジしていけるような体制を作っていくということなのだ。

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