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僕はやっぱりこの場所が好きらしい 『モノローグ書店街』小坂俊史(竹書房)

ここのところ、様々な事情が絡んで表紙買いなんてすることはめっきり無くなってしまったけれど、久々のそれは大当たりだった。

数々の4コマ作品を世に著している作家さん、きちんと読むのは初めてだった。
実は今、店のレイアウト変更のために商品の選定をしている(返品を進めている)んだけど、その中でタイトルと柔らかな表紙に思わず手が止まった。
在庫はしていたけれど、売り上げが立っていなかったので返品リストに入ってしまっていた1冊。
でも目に入った瞬間、なんだかこのまま返品するのも惜しくなってしまって、返すくらいなら買ってしまおうとなった次第。

そして、それは間違いではなかった。

本が好きで書店に勤務する人、
深夜営業の本屋に勤める人、
働きながら作家を志望する人、
雑然とした古本屋を営む人、
街の本屋で隣の花屋さんを意識する人、
本に興味はないけど知り合いが来ないという理由でバイト先に本屋を選んだ人、
空港内の書店で働く人、
晴耕雨読の実現を目指して農業と古本屋を兼業する人、
お客さんの購入履歴を記憶するのが得意な人、
自分の蔵書で古本屋を開業した人、

こんな風にさまざまな形で本を売るということに従事する人たちの、本にまつわる毎日をオムニバスで描いた4コママンガ。
全てがあるあるとは言い難いかも知れないけれど、すんなりと心に収まるものが多かった。

本を売るにはまず本が無いといけないわけで、仕入れて販売して返品してというルーチンがあり、どんなに平和な4コママンガであっても業界の話からは逃れられない。その辺りも深刻になりすぎずにさらりと描かれている。
売るということは買ってくれる人がいるわけで、そのお客さんに関するエピソードも、突飛なものは一つもないのに非常にバリエーションに富んでいて面白い。こっちは働いているとあるあるとなるものが多かった。
本と一口に言っても、ジャンルは広く、誰が書いたか、誰が読んだか、いつ手に取ったか、人の手に渡った瞬間に、同じ本でも決して同じではあり得なくなる。本に限ったことではないかも知れないが、同じ内容でもその人にとっての意味が生まれる。
今回の僕のように、作業の中で手を止められるというのもなかなかに意味のある瞬間だったはず。

こういうことが、なんというかくどくなく描かれている。僕の書く文章のような回りくどさは一切ない。
登場人物の立場が多岐に富んでいるのはこういうことを表現するためなんだろう。

そしてそれらが、非常に優しい視点で取り扱われている。
思わず微笑んでしまったり、思わず涙ぐんでしまったり、とても温かい気持ちになる。そういう優しさに満ちている。

1話6本の19話構成、基本的にはオムニバスになっていて、それぞれの登場人物が関わってくることはないんだけど、1回ごとにきちんと話は積み重ねられていて、最終回の穏やかな感動には不意をつかれて驚いてしまった。
まさかこんなにのんきな雰囲気のマンガでこれほど……となる程度には感情が震わされてしまったのだ。
勝手なサプライズだけど、嬉しい誤算というものだろう。

こういう作品がすんなりといいなと思えるということは、自分は本も本屋もやっぱり好きなんだなあと再確認。

中でも一番好きだったエピソードを最後に。
本に興味のないアルバイトのギャルさんが、新書に興味を持つ話。タイトルでどんな内容か、お客さんが何を知りたいかが丸わかりで面白いと思ったらしい。
棚を見れば居並ぶタイトルは絶妙に気になるものが多いので、お客さんにどんな話か教えてもらおうと思ったり、気になるのはいっぱいあるけどとても読めないから、40秒くらいの動画で紹介してくれないかなと思ったりするというもの。
もう見事に時代を反映していて、それでいて面白いマンガになっていて、見事だなあと脱帽した次第。
何様だ、という話だけど。

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