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自己運用システムとしての生命の起源

個人研究として、生命の起源についてシステム工学の観点から考えるという取り組みをしています。

ここでは、生物を運用(オペレーション)という観点から考えてみます。そこから逆算して、生物が誕生する以前に、どのようなことが起きていたのかを考えてみるというのが、今回のアプローチです。

コンピュータのような情報システムは、誰かがシステムの機能を運用することで役に立ち、停止しても復旧しますし、時代に合わなくなれば更新されることで維持されます。

一方で、生物はこれらを自律的に行っているように見えます。このため、運用という観点にフォーカスすると、生物は自己運用システムと呼ぶことができるでしょう。

■オペレーションの種類

システム全体の運用は、様々な個別のオペレーションを組み合わせて成立します。

コンピュータを使った情報システムをオペレーションという観点で捉えると、利活用、メンテナンス、プロダクションの3つのオペレーションに大別でき、それぞれのオペレーションの中には以下のような種類の複数のオペレーションが含まれています。なお、単にソフトウェアだけでなくハードウェアも含めたシステムをイメージしていますので、交換や製造という観点も含まれています。

・利活用オペレーション
収集/選別/消費などを含みます。
主に、システムのユーザによって実行されます。

・メンテナンスオペレーション
修理・修復/交換/アップデート/アップグレードなどを含みます。
主に、システムの保守運用担当者によって実行されます。

・プロダクションオペレーション
企画/設計/テスト/製造などを含みます。
主に、システムや製品の開発・製造担当者によって行われます。

自己運用システムとして生物を捉える場合、ユーザ、保守・運用担当者、開発・製造担当者のオペレーションを、全て生物が自律的に行っていることになります。

■オペレーションのトリガー

個々のオペレーションには、開始するためのトリガーがあり、そのトリガーのタイミングに従って実施されます。

トリガーには大きく分けて以下の2つがあります。

・ルーティーン(定常/周期/計画/逐次)

ルーティーンは、時間や計画や、積み上がっているオペレーション要求をトリガーとして、オペレーションを開始するやり方です。

私たちの日常では、朝になると起床して身だしなみを整えて朝食を食べるという事を毎日繰り返しています。これは周期的な時間をトリガーとしたオペレーションです。

呼吸や心臓の鼓動のように、短い周期で行っているオペレーションもあります。システムの時間の長さをどのように捉えるかで呼び方は変わりますが、短い周期のものは定常的なオペレーションと呼ぶこともできます。定常的なオペレーションの中には、体温を保つメカニズムのように、定常的に状態をチェックしながら機能する物もあります。

この他、身体の成長や老化を引き起こすメカニズムは、予め立てられていた計画に沿って実行されるオペレーションと言えるでしょう。また、摂取して胃の中に貯まった食べ物や、体の中に貯まった老廃物は、順次、消化や濾過といった形で処理されますが、これは逐次的なオペレーションと言えます。

・イベントレスポンス(刺激/メッセージ/状態変化)

ルーティーンは、いわば自発的なトリガーにより開始されるオペレーションです。一方で外部要因が原因で即応的に開始されるオペレーションが、イベントレスポンスです。

外部から刺激を受けたりメッセージを受け取る事がトリガーになる事もありますし、外部を観察しておいてその変化を捉えてオペレーションを開始する場合もあります。

手で触れていたものが急に熱くなれば、反射的に手を離します。天敵の鳴き声が聞こえれば、全身が緊張するでしょう。これらは外部からの刺激やメッセージに基づいたオペレーションです。周囲を警戒して、動く影が見えたら、さっと身を隠します。状態の変化をトリガーとしたオペレーションの例です。

■統合でなく分化、創発でなく洗練

生命の起源について考える時、私は、人間による通常のシステム開発のアプローチとは異なる発想で生命は形作られたと考えています。

人間がシステムを開発する時、通常はシステム全体を設計し、部品を作り、その部品を組み立てることで、設計通りに動くシステムを完成させます。つまり部品とその統合の発想です。

しかし、生きている細胞を一度分解してから再度組み立てる方法が、我々には分かりません。これは、私たちが無知だからでなく、そもそもそのような方法で生命が組み上がっていないと、私は思うのです。

生物は、部品が組み上がって動き始めるのではなく、動いている生物が分化して部品に分かれていく、というアプローチを取っているのではないかというのが私の考えです。

例えば全く新しい事業を始める時、最初は一人の人が、その事業の全てのオペレーションをこなします。それが起動乗ってくると人手が足りなくなり、人を雇います。その時に、最初の一人がこなしていた全てのオペレーションを新しいメンバーにも覚えさせることは効率が悪いため、オペレーションの種類を分けて分担するアプローチを取るでしょう。こうして、オペレーションを分化させていきながら、事業を成長させていくはずです。

成長した後のその事業のオペレーションを見ると、複数の専門的な担当者や部門が連携して、全体として有機的に事業を成立させているように見えます。このため、個々の部門のオペレーションがつながる事で、会社全体の運用が成立しており、そこには個別の部門の機能だけでは成立し得ない全体としての機能が創発的に表れているように思えるかもしれません。

しかし、最初は1人の人が興した事業だとすれば、その一人が行っていたオペレーションが原点であり、基本的にはそれで事業が成立していたはずです。つまり、システムを構成する部品が集まって創発現象を起こしているという見方よりも、もともと一人で行っていた運用が保たれながら分化し、その中でオペレーションが洗練されていったという見方の方が、適切です。

私は、自己運用システムとしての生物の仕組みも、統合と創発でなく、分化と洗練というアプローチを取ってきたと考える方が適切なのではないかと考えています。

■依存から自立へ

事業は1人で興したとしても、その事業が上手く運用されるためには、周囲の手助けや、その事業に賛同したり、その事業によって便益を得てリターンを返す顧客の存在が無ければ、成立しません。無人島で事業を起こすことはできないのです。

生命の起源においても、同様の事が言えます。最初は未分化で、洗練されていないけれども、全てのオペレーションをこなすような存在がスタートだと仮定したとしても、それは宇宙空間の中でその存在だけがぽっかり浮かんでいても、そこから運用が上手く行くことは無いでしょう。

最初は、多くの人の手助けと、初期の洗練されていない事業にも好意的で積極的に利用してくれるアーリーアダプタ的な顧客がいて、そしてある程度の幸運の元に、事業は軌道に乗り始めるはずです。

生命の起源においても、周囲に生命の萌芽に対して大きな手助けとなった環境があったはずです。いわば天然のオペレーションです。その環境に依存する形で生命の萌芽は軌道に乗り、成長して、やがて自立していったと考えられます。その中で、分化や洗練を重ねていき、最終的には私たちの知っている細胞のような仕組みになったいうストーリーを私は想定しています。

そして、その生命の萌芽に対して大きな手助けとなった環境が、太古の地球の環境だったということになります。

■オペレーションの素材

地球上の生物は、化学物質の集合体であり、生物の生命活動は化学反応の連鎖です。生物を自己運用システムだと考えると、個々のオペレーションは、化学物質による化学反応の連鎖と位置付けることができます。

生命誕生以前の太古の地球も、もちろん様々な化学物質があり、化学変化も発生し得ました。化学変化には自然崩壊のように外部からのエネルギーを必要としない物もありますが、生物に関わるような化学反応の多くは、エネルギーを必要とします。

地球には太陽から得られる熱や光のエネルギーや、地熱のエネルギーがあります。また、海の潮力や波の力、風や雷などもエネルギー源になり得ます。これらを利用して、エネルギーを必要とする化学反応を発生させることは可能でしょう。

実際、様々な実験により、現在の生物を形作っている基本的な有機物であるタンパク質の素材であるアミノ酸や、DNAやRNAといった核酸の素材であるヌクレオチドは、太古の地球の環境下でも自動的に生成され得たという実験結果も揃っているようです。

■オペレーションのトリガー

地球環境にも、化学反応を起こすための様々なオペレーションのトリガーがあります。穏やかな惑星であれば、周期的に化学反応が起きるようなトリガーはあまりなかったかもしれませんが、幸いに地球は躍動的です。

水と空気という流体が豊富にある事で、太陽や地熱による温度変化により、様々な場所で対流が起きていたはずです。これは化学反応を起こすルーティン的なオペレーションのトリガーになり得たでしょう。

また、地球には昼と夜という大きな環境の状態変化が毎日生じます。月の引力による潮の満ち引きも、沿岸部の環境の状態を変化させます。地球の天気は不規則な状態の変化ですし、長い時間で捉えると季節の移り変わりも大きな状態の変化です。これらの状態変化により化学反応が起きることも十分考えられます。これはイベントレスポンス型のオペレーションのトリガーとして機能し得ます。

こうした天然のトリガーを利用したオペレーションが生命の起源において利用されており、それを利用しながら生命が環境から独立していったと考えれば、決して穏やかではない地球のダイナミックな環境下で、最初に生まれた細胞が生存と増殖が出来たとしても全く不思議ではありません。

反対に、仮に全く異なる環境で生まれた生命が地球にやってきたのだとしたら、地球特有のダイナミックな状態変化に、なぜ初めから適応できたのかという疑問が沸くでしょう。私が完成系の生命が宇宙から飛来した説に懐疑的なのは、こうした理由もあります。

■化学物質の実験開発オペレーション環境

知性を持った人が介在していない以上、太古の地球環境で生物を構成する化学物質を生成し、それがオペレーションとして機能するように設計ができる存在を仮定することはできません。従って、生物が誕生したとすれば、天然の環境下で、無数のランダムな現象の発生の中で起きた出来事として説明できる必要があるでしょう。

そのため、ランダムな現象の中で、将来の生物の誕生に役立つ化学物質が生成され、それが持続的に残るだけでなく、大量生産されるようになったと考える必要があります。役に立つ化学物質でも、一つだけ偶然生成されて、やがて壊れてしまうのであれば、生物の誕生には意味をなさないため、大量生産体制は必須です。

無数のランダムな現象を発生させるためには、環境における化学物質の量や割合が均質では上手くいきません。幸い、地球には適度な割合の陸地があり、起伏や複雑な地形を有しています。このおかげで、多数の水たまりや池や湖があります。それらは、化学物質が集積する場所であり、かつ、化学物質が多様な割合で存在することができる多様性に富んだ環境です。

当てずっぽうで化学実験をするなら、ビーカーや試験管の数は多ければ多いに越したことはないでしょう。私には根拠になる数値を出すことはできませんが、どんなに少なく見積もっても、地球上には100万か所以上はこうした水場は存在したでしょう。

この巨大で多様な化学物質の実験開発オペレーション環境の中で、化学物質を含んだ水は撹拌と混合を繰り返します。それは河川による水の流れのためです。上流の水場でできた化学物質は、下流に流れていきます。さらに、化学物質は水が蒸発する際の上昇気流に乗って、雲に到達する事もできます。そこから風の力で運ばれて、上流の水たまりや池に雨と一緒に落ちていくでしょう。こうして、地球の大規模な水の循環を利用して、化学物質は無数のビーカーや試験管を巡っていきます。

そして、撹拌と混合だけではなく、温度や日光の照射といった環境条件も繰り返し変化することで、状態変化も起きます。それも、新しい化学物質を生成するきっかけとなるでしょう。

■テストの基準

ここで、生成された化学物質に対して1つのテストオペレーションが行われます。

どんな化学物質が生命の誕生に役に立つかは分かりませんし、例え分かったとしても、知性を持った人間のような存在がいないため、テストの基準を恣意的に決定することはできません。従って、生命の起源において行われるテストオペレーションは、知性を前提としないメカニズムと判断基準が必要です。

その基準は、生成された化学物質自身の再生成確率を高めること、です。つまり、化学物質の生成確率への自己フィードバックループです。

仮に、1日に0.000001%の確率で生成される化学物質があったとします。ほとんどの化学物質は、それが生成されることで、その生成確率は増減しないでしょう。すると、時間が経過しても、その物質の生成確率は0.000001%のままです。

しかし、0.000001%の確率で生成される化学物質の中に、自身の生成確率を0.000001%高める作用を持っていたものがあるとします。すると、その物質が生成された後は、その物質の生成確率は0.000002%の確率になります。その物質が破壊されてしまう前に、再度その物質が生成されれば、生成確率は0.000003%になります。こうして、生成確率が高まり、生産量が増加していきます。

自身の再生成確率を高める、というテスト基準は、その手段や経緯は問いません。例えば生成された途端に、その水場の環境を変化させて、再生成確率を高める物質があれば、かなり直接的な経緯でしょう。そのほかに、生成された化学物質Aが、別の化学物質Bの生成を促進し、その化学物質がさらに別の化学物質Cの生成を促進し、そして化学物質Cが、最初の化学物質Aの生成を促進するといった循環的な構造を持つ間接的なケースもあるでしょう。

この循環構造は、実際の生物の化学回路にも見られる重要な構造です。河川、蒸発、雲、雨といった形で水が循環し、それに乗って化学物質が移動することで、複数の水場を介して化学反応の連鎖が実現できた可能性があります。

■プロダクションオペレーション

天然のテストオペレーションによって自然選択された化学物質は、大量生産されることになります。大量生産された化学物質は、水の循環に乗って、他の水たまりや池にも広がっていきます。そして、それらの環境で別の化学物質に出会ったり、多様な化学物質の濃度の割合を作ったりすることで、また新しい化学物質が生成されるきっかけとなります。

このように考えると、太古の地球環境は、新しい化学物質の実験開発、テスト、そして製造というプロダクションオペレーションが未分化のまま実現されていたことになります。そして、このプロダクションオペレーションは地球の天然の地形構造やメカニズムを利用して、継続的に実施され続けます。

この仕組みにより、自分自身の生成確率を高めることのできる多種多様な化学物質は、地球上に大量生産されて溢れていきますし、次々に新しく発見されてその種類を増やしていったと考える事が出来ます。

この仕組みは、見方によっては化学物質の交換やアップデートやアップグレードの仕組みも内包していますので、メンテナンスオペレーションという事もできるでしょう。また、化学物質の製造は、その素材になる化学物質の収集、選別、消費という作業を行っていると言えますので、利活用オペレーションも内包している事になります。

これらのオペレーションは、このように未分化であり、また、自然の流れや偶然任せという未洗練のものです。しかし、自己運用システムとして整理した全てのオペレーションを包含しており、ルーティーンあるいはイベントレスポンスなオペレーションを組み合わせて実現されていると考えられます。

こうして考えると、最初から全てのタイプのオペレーションが、太古の地球環境には存在していたと言えるのではないかと思えます。

■地球のオペレーションからの自立

地球のオペレーションの中で、単純に化学物質の進化が進んだとしても、それは天然の現象に過ぎません。しかし、単なる化学物質の進化を越えて、ある種の情報の保存と制御が行われる段階が来たと考えられます。DNAからRNAを経てタンパク質が生成される、セントラルドグマの仕組みの登場です。

DNAには自己複製の機能の他に、様々なタンパク質の生成方法の記録機能と状況に応じて生成するタンパク質を決定する機能とがあります。自身の再生成確率を高める化学物質がテストをパスして大量に生産されるというプロダクションオペレーションのメカニズムを考えると、DNAによるセントラルドグマの仕組みは、さらにこのメカニズムの効果を加速させたはずです。

私はこのセントラルドグマの仕組みは、細胞膜が登場する以前から太古の地球で形成された可能性があると考えています。その理由は、DNAが膜に包まれなくてもメカニズムとして成立し得るためです。細胞膜に囲まれることなく、地球上の水場を細胞のようにして、DNAはその中で自己複製と、タンパク質の設計図の記録と、状況に応じたタンパクの生成指示を出していたという姿を想像しています。

そして、やがてDNAとセントラルドグマの仕組みを含めて、繊維状の細胞骨格の前身のようなものにくっつくように固まった可能性があります。これは、膜に包まれていないむき出しの細胞のようなものです。それが水場の中を漂っていたり、水の循環に乗って移動していたのかもしれません。その化学物質の集合体は、地球に依存していたオペレーションの一部を、自らも担う事ができるようになった可能性が考えられます。

そして、それがやがて細胞膜に包まれるようになったことで、最初の細胞が誕生したと考えられるでしょう。この過程で、地球の天然のオペレーションの代替として、DNAの指示による化学反応の連鎖によって様々なオペレーションが実施できるようになったのだろうと思います。

このようにして、細胞は自己運用システムとして、地球のオペレーションから自立していったと考えられます。

■さいごに:鏡写しのオペレーションとしての生命

私たちは、新しい物事が発見されたり発明されたりして、それが生活や社会を変化させていくという技術や科学のストーリーに慣れています。このため、生命の起源においても、何か新しいイノベーションが次々に起きて、それにより生命が誕生したと考えてしまいがちです。

確かにそのストーリーは、一面では生物の身体を構成する複雑な化学物質の形成を説明できます。しかし、システムのオペレーションの説明を難しくします。新しく発明された化学物質を、どのように組み立てれば生きた細胞のオペレーションに組み込まれたのかという疑問に答えが出せなくなるためです。

地球環境に依存して化学物質のオペレーションが実行され、その中で化学物質の進化により、オペレーションの分化と洗練が進み、細胞膜の登場で独立を果たすことができたのであれば、組み立て方を説明する必要はありません。最初から全てのオペレーションは地球という1つの環境に同居していたということです。

そして、地球環境の天然のオペレーションが、化学物質により真似をされるようになり、それが細胞膜で明確に分離されたと捉えることができます。これにより、地球環境のオペレーションが、まるで鏡の世界のように、細胞膜の内側にカプセル化されたことになります。これが私が考える生命の姿です。


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