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生命と知性の進化:環境変化とアテンション

私はシステムエンジニアの視点から、生命の起源について個人研究をしています。生命現象を、化学物質や生物として捉えるのではなく、システムとして捉えることで、無機物から生物が誕生するまでの過程を自己組織化するシステムの進化という側面から検討する試みです。

システムとして生命現象を捉えた時、自分自身の構成要素同士の相互作用はもちろん、自分自身と外部環境との相互作用も含めた、影響を与え合う関係に着目することが重要だと考えています。特に、与えた影響が連鎖し、やがて出発点に帰ってくるような循環状の関係が、生命現象の鍵になると考えており、それを影響ループと呼んでいます。

この記事ではシステムにおける影響ループに着目して、その進化について考えていきます。この記事の後半では、この考え方を生命の起源や生物ではなく、知能に適用し、人工知能における話題に広げます。そして、現在話題になっているチャットAIに使われている技術的な概念であるアテンションの考え方を、再び生命の起源の方へ応用して考えるという形で話を展開させます。

■影響ループと進化

生物同士の関係や生物と環境の関係には、お互いに影響を与えあう多数の影響ループが存在していると捉えることができます。

そして、適者生存の原理で進化してきた生物は、多くのポジティブなフィードバックループとしての影響ループを形成しています。よりロバストなポジティブな影響ループ群を形成できる生物が、淘汰されずに生き残りやすいためです。

■生命の起源における影響ループの進化

この構図はDNAを中心とした生物学的な進化だけに見られるものではありません。DNAが登場する以前、つまり生命の起源において起きていたとされる、化学進化の段階にもこの構図があったと私は考えています。

化学物質とそれによる化学反応の連鎖は、影響ループを形成することができます。ポジティブな影響ループを形成する化学物質が、持続的に多数生成されるはずです。

こうして、化学物質の世界でも、全体としてよりロバストな影響ループが生み出され、その数や種類が時間と共に増加していく可能性があります。このように、化学進化も影響ループの進化として捉えることができます。

■影響ループの力関係の停滞

影響ループが絡みあった時に、ループの力関係が固定化されると、進化が停滞します。

地球環境には、様々な変化や揺らぎがあり、多数の影響ループにそれぞれ異なる影響を及ぼします。これにより、影響ループの力関係の固定化が崩されます。そして力関係の揺らぎにより、進化は停滞せずに進行して行くことができます。

一方で、例え地球環境が大きく変化しなくても、DNAの変異によって新しい種が登場することで、それまでの影響ループの力関係が変化することがあります。従って、DNAによっても進化は促されます。

生物の生態系全体を一つのシステムとした時、地球環境の変化というシステム外部の変化と、DNAの変異というシステム内部の変化があるということです。

■生命の起源における力関係の変化

一方で、化学進化においては、DNAの代わりとなる何らかのシステム内部の変化の仕組みが存在していた可能性があります。この仕組みとしてRNAやタンパク質が主体となっていたとされる、RNAワールド仮説やタンパク質ワールド仮説と呼ばれるものが考えられています。

しかし、さらに遡れば、こうしたシステム内部の変化の仕組みが構築される以前の段階もあったはずです。

もし仮に、システム内部の変化の仕組みがなければ、進化が停滞してしまうのなら、進化的な過程に頼らずに、偶発的に物質が組み合わさって、こうした仕組みが出来上がったと考えなければならなくなります。しかし、この仕組みの複雑さを理解すると、そのような偶然に頼って発生したと信じることは困難です。

そうだとすれば、システム内部の変化の仕組みが出来上がるまでは、システム外部の変化の仕組みだけに頼って、影響ループの力関係の固定化を乗り越えて、進化が進行したと考えざるを得ません。

■変化の仕組みの内製化

システムの外部の変化の仕組みが進化を促進し、進化によってシステム内部にも変化の仕組みが構築された、という考え方です。

システム内部の変化の仕組みは、進化を促進するのに適した仕組みになっているはずです。実際、DNAの変異は、驚くほど進化に適した仕組みです。

このため、システム外部の変化に頼って進化していた時代に比べて、システム内部の変化の仕組みを獲得した後の方が、圧倒的に早く進化することができるようになったと考えられます。

つまり、システム外部の変化による進化の促進はあるにせよ、システム内部の変化の仕組みの方に進化促進の軸足が移った事になります。

これは、進化のために必要なイネーブラ(実現手段)としての変化の仕組みが、内製化されたという見方をすることができます。

■生命システムインフラの内製化

私は生命の起源における化学進化を、影響ループのシステムとして捉えています。この観点から考えると、初めは地球環境に頼っていた仕組みが、やがて内製化される、という例がいくつか見つかります。

化学進化が進行するためには、多様な化学物質が出会い、多様な化学反応が起きる必要があります。このため、化学進化は水の中で特に進行したと考えられます。

しかし、全ての物質が同じ水場に入っていると、中和されたり邪魔し合ったり、反応が早いものが反応の素材となる化学物質を先に使ったりして、多様性は大きく損なわれます。

そこで、多様な化学反応が発生するためには、水場を仕切ったり水場の中に偏りが必要です。

このため、私は化学進化は地球上の多数の池や湖に分散して進行したと考えています。

かつ、化学進化の影響ループが上手く回るためには、化学物質が循環的に移動する必要があります。これは、地球の水の循環が利用されたと考えられます。川の流れ、海の水の蒸発に伴う上昇気流、風による雲の移動、雨が降って再び川に流れる、この循環が化学物質を運んだはずです。

やがて、化学進化が進行すると、繊維状の細胞骨格の原型が生み出され、その周りに化学反応を促す細胞組織の原型がくっつきます。また、細胞基質のような粘度を伴うことで化学物質の散逸を防いで偏りを作ります。組織間の化学物質の移動は、繊維を伝う仕組みによって実現されます。さらに、進化が進むと、仕切りとして膜が生成されます。

このような形で、化学物質の移動、偏り、仕切りを外部に頼っていた状態から、内製化へとシフトしていったというのが私の考えです。

進化のイネーブラとしての変化の仕組みもまた、内製化へとシフトしたものの一つだと考えることができます。

■内製化に至る条件

生命現象のインフラが内製化されるまでに、外部環境に頼っていたとすると、インフラとして機能する外部環境の仕組みが、生命の起源にとって非常に重要な位置を占めることになります。 

先程見たように、地球の水の循環と多数の池や湖が、物質の移動と仕切りを担うことができました。

また、昼と夜、春夏秋冬、潮の満ち引き、寒冷化と温暖化といった周期的な変化、気象現象の一定の規則を伴うランダムな変化、風化や侵食といった緩やかな変化、地震や洪水といった突発的な変化、プレートの動きによる大陸や海流の移動といったマクロな変化、などなど、地球には多彩な環境変化があります。これらの変化のいくつか、あるいは大半が、進化のイネーブラとして上手く作用したと考えられるでしょう。

このように、化学進化の初期は、外部環境が生命現象のインフラの多くを担い、進化が進行するにつれて徐々に内製化していったとすると、内製化へのシフトするまでの進化は、環境の仕組みが支えなければなりません。

当然、化学物質の移動の仕組みや仕切り数や種類が不十分であれば、生命現象を担う影響ループが十分に形成されません。

また、影響ループが十分に形成されたとしても、環境の変化の種類や頻度が乏しければ、影響ループの力関係が固定化され、内製化するところまで進化が進行しません。

化学進化により生命現象はインフラの内製化に至ったとするならば、太古の地球には、こうした環境の仕組みや条件が十分整っていたという事になります。

生命現象が必要とするインフラの種類を体系的に洗い出すことで、化学進化の初期段階で環境にどのような仕組みが必要だったか、定性的に理解できるはずです。そして、化学物質による影響ループが、それらの生命のインフラを内製化する事ができる段階まで進化するには、環境が持つ仕組みの数や種類や頻度などの定量的な条件も分かって来るでしょう。

この条件がはっきりとすれば、地球の環境条件が生命の誕生に必要な条件を大幅に上回っていたのか、ギリギリだったのか、全く届かなかったのかが分かるはずです。これを明らかにできれば、地球上で生命が誕生したのか、宇宙から飛来したのかという議論に対して、新たな状況証拠にできるでしょう。

■大規模言語モデルへの適用の可能性

進化の停滞を招く影響ループの力関係の固定化は、環境の多様な変化により崩れるという話をしました。それにより、進化が促進されるというメカニズムは、考えてみると、チャットAIなどの大規模言語モデルの話にもつながってきます。

大規模言語モデルでは、膨大な量の文章を何度も繰り返しAIに読ませることで、機械学習を行います。与える文章は、人間が読んで理解できる文章ですので、そこには文法や言い回し、単語や話の論理展開など、一定の規則はありつつも、内容や話題、ジャンルは多岐にわたり、同じような話でも異なる結論の文章が含まれていたりもします。

これは、地球の環境が、生命の起源において化学進化中の化学物質が織りなす影響ループ群に対して、物理法則や、地形や水の循環などの基本的な配置や流れ、昼と夜や季節の移り変わりなど一定の規則がありつつも、雨の降る場所やタイミングの多様性、地形の変化、その時々の気温や日照状況、など多様な変化が与えられる様子と似ています。

大規模言語モデルによるチャットAIは、AIモデル自体のパラメータの数と、学習のために与えるテキストの量によって、知的なレベルが大きく変化するような段階があると言われています。この知的レベルが大きく変化した時、AIが例えば学習したテキストに直接含まれていない知識の類推を行えるようになるという段階があったり、一つ一つ順に論理を組み立てて深く理論的に物事を考えられるようになる段階があったりするようなのです。

これも、生命の起源における、化学進化の様子との類似を感じさせます。生命の起源においても、外部のインフラに頼っていたものを内製化できるようになるといった、大きな進化の段階が存在したと思われます。この事から考えると、大規模言語モデルの学習においても、生命の起源におけるインフラの内製化のような、大きくシステムのインフラが変化するような進化が存在しているのかもしれません。

■大規模言語モデルの未来

また、さらに考えてみると、様々な外部インフラの内製化が進むと、将来的には化学進化の果てに生命が辿ったような2つのことがAIにも訪れることが予見されます。1つは、外部からの文章の入力というインフラに頼らずに自分の中で論理的に思考を組み立てて新しい理論的あるいは哲学的な発見をしてくことができるようになる、という道筋です。

もう1つは、分化です。地球の水の循環や池の分布といったインフラに頼っていた1つの大きな化学進化のシステムは、細胞という個別のシステムに分化したと考える事が出来ます。同様に、非常に大きなニューラルネットワークが与えられれば、AIは学習の進行によって、その1つのシステムの内側に、複数のAIが共存しているような状態を自ら作り上げるかもしれないということです。

これは、人間の脳よりもはるかに巨大なニューラルネットワークが与えられた時、1つの主体として統合した思考をする方が有利なのか、人間社会のように複数の専門的な主体に分化してその集合体として機能した方が有利なのかという興味深い議論につながります。自己組織化的にAIが学習し、化学進化同様に自らインフラを内製できると仮定すると、分化した方が知的に最適なのであれば、そのような学習がなされる可能性も十分に考えられます。

さらに分化したAI群は、多細胞生物のような、人間で言えば組織のような連携を見せるかもしれません。これにより、単に知識を多く持ち新しい知識を生み出すという学者的な能力だけでなく、実践的な問題解決やダイバシティを利用した対人的に細やかな配慮ができるようにもなるかもしれません。

■大規模言語モデルにおけるアテンション

現在のチャットAIが話題になっている背景には、大規模言語モデルの技術進歩があります。大規模言語モデルの成功のカギとなった技術的なキーワードとして、アテンションというものがあります。注意という意味の英語ですが、私は大規模言語モデルのケースでは、注目という表現の方が適切だと考えています。

アテンションというのは、AIの学習の際の考え方の一つです。平たく説明すると、それぞれの文の中にはいくつかの注目すべき単語が存在するはずだ、という考え方です。

例えば、「そういえば、昨日、私は赤いリンゴを食べた」という文があった時、「私/リンゴ/食べた」といった単語がこの文では大きな意味を占め、「そういえば/昨日/赤い」という部分は、補助的なものです。

ただし、最初の文の前に、別の人が「赤い色の食べ物は体に良い」という話をしていた場合、「赤い」という部分が意味を持ちます。あるいは「一昨日買った3個のリンゴが今日は2個に減ってきた」という話をしていたなら、「昨日」という部分に注目すべきでしょう。

文章をAIに学習させるとき、全ての単語に等しく意味があると思って学習させるとあまり上手く文章の要点が掴めません。そこでアテンションの考え方では、上記の例のように、文章の中には注目すべき単語と、そうでない単語が含まれる、という知識をAIに持たせます。

すると、AIは文章を学習する際に、注目すべき単語を把握するコツのようなものも学習していきます。こういうパターンの文章では主語と述語に注目すべきとか、別のパターンの文章では、時間を意味する単語が重要だとか、そういった形でコツを掴んでいきます。また、前後の文章との関係からも、いわゆる文脈を理解するように、注目すべき単語を把握できるようになります。これにより、人間のように文章を理解し、人間のように回答文を出力するチャットAIを実現できるようになったようなのです。

■影響ループにおけるアテンション

大規模言語モデルと化学進化が、影響ループという側面から共通性があるとすれば、このアテンションの考え方が、化学進化にも見られた可能性があります。そして、チャットAIがアテンションという考え方の導入で大きく飛躍したのだとしたら、化学進化におけるアテンションに相当する概念が、生命の起源を理解する大きなカギとなる可能性も考えられます。

ここで、影響ループの力関係の固定化の話が関係してきます。

環境の変動に伴って、影響ループ同士の力関係も変化します。しかし、日常的な状況で起き得る、ある程度の環境変動の範囲では、ほとんど力関係が変化せず支配的になる影響ループが存在する場合もあるでしょう。これは、一般的な文では、内容が変わっても主語と述語が注目すべき単語であり続ける事と似ています。

もし、そのような影響ループがまだ見つかっていない段階であれば、変動に伴って化学進化が促進されていく中で、そうした支配的な影響ループが形成されるでしょう。

一方で、日常の範疇を超えるような大きな環境変化が起きると、それに伴って支配的な影響ループも変化するでしょう。その環境変化後のシチュエーションにおいても、日常の場合と同様に、そのシチュエーションの範囲内での他所の変化には影響を受けない支配的な影響ループが形成されるはずです。

環境変化に伴ってシチュエーションが変わる様子は、文章の文脈の変化になぞらえることができます。つまり、色のような性質についての話題になっている時にはその性質に関する単語に注目し、時間についての話題になっている時には時間にまつわる単語に注目する、ということに似ています。

例えば、昼と夜、春夏秋冬、といったシチュエーションの変化に伴って、力が強くなって支配的になる影響ループは変化するでしょう。そして、それぞれの影響ループの下でも、他のシチュエーションで力を持つ影響ループが破壊されずに保護されるような関係を築くこともできるでしょう。そうなると、様々なシチュエーションの変化があっても、常にいずれかの影響ループが活発にポジティブフィードバックをしながら活動し、影響ループ全体としてロバストなシステムとして存続し続けることが可能になります。

このように、シチュエーションの変化に伴って適切な影響ループが活性化するような仕組みが、化学進化におけるアテンションに相当するものではないかと、私は考えています。

■さいごに

この記事では、影響ループというシステム的な側面で生命現象やその起源における化学進化ついて考えました。そこには、影響ループ同士の力関係があり、それを固定させずに変化させることが進化の鍵になっているという考え方に触れました。

そして、人工知能、特に大規模言語モデルの話題に移り、影響ループの視点でAIを捉えることで共通点が見いだせる可能性を議論しました。また、大規模言語モデルで使われている技術の元となっているアテンションという考え方を、生命の起源における化学進化に適用できるのではないかという着想に触れました。

加えて、この記事では、生命現象をシステムとして捉えた時に、そのシステムが必要とする機能を環境に頼っていた段階から、進化が進むことで、徐々に生成した化学物質の機能に置き換わっていくという、内製化の観点にも触れました。そして、人工知能においても、この内製化が現れていくのではないかという想像を広げてみました。

学問の分野を横断するような考え方や研究を学際、あるいは学際的研究と呼びますが、この記事では、学際的に考えながら各分野間で得られた仮説や着想を別の分野に適応することを重ねています。これにより、ある意味で、分野間で影響ループが形成されていることになります。

仮説や推論交じりですが、こうした学際的な影響ループがポジティブなループになれば、謎が多くつかみどころがない生命や知性というものに対する新しい発見につながるのではないかと考えています。

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