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過去と未来の合流点:目的の多層化による自我の形成

過去の出来事を学習して、その延長線上で未来を予測する事と、自分の行動の複数の選択肢から未来を想像することには、大きな違いがあります。

過去の学習から未来を予測する場合、主に2つの方法があります。1つは確率です。過去の発生確率が高いものが未来でも発生しやすいと仮定します。

もう一つは法則です。過去において見られた法則が適用され続け、未来が決まると仮定します。

他方、自分の行動は、過去の確率や法則からは独立です。その気になれば、あえて今までにない選択肢を選んだり、法則から外れる選択肢を選ぶこともできます。

この、確率や法則から外れることができる点で、自分の行動の選択肢を想像することは、過去の学習からの予測とは大きく異なります。

自分の行動の選択肢の想像は、何を基準とするのかと言えば、過去ではなく未来です。なぜなら、欲求や目的をベースにして自分の行動を選ぶはずだからです。欲求や目的は、未来にしか作用できないため、必然的に未来が自分の選択肢の想像の基準になるのです。

■物理的な未来と心理的な未来

ここに、心理的な未来という概念が現れます。

未来の中で、自分の行動の影響が及ばない部分は、常に過去からの予測しかできません。それは、物理的な時間としては未来でも、心理的には過去に縛り付けられています。

ちょうど1年後が今日とほぼ同じ季節であることは、私たちに変えることはできませんし、ほぼ確実です。未知の現象により変わるかもしれませんが、それも私たちの行動とは無関係です。そしてその未知は、過去の類似情報の欠落による未知であり、過去に依存しています。

一方で、自分の行動で変えることができる部分は、心理的にも未来です。

そこには、自分にどこまでのことができるかという観点での未知も含まれます。この観点は、未来において自分がどういった選択を取るか、やってみないとわからない、という面を持ちます。この意味で、未来に依存した未知です。

心理的な未来は、実際の行動や能力の限界により最大の幅は決まってしまいます。しかし、それよりも通常は狭くなります。それは、行動で変えられる範囲や、自分の行動の選択肢の範囲を、狭く見積もりがちなためです。

これは単に思いつかなかったというような盲点であったり、文化的あるいは倫理や常識によって選択肢を考える前から削ぎ落としてしまっているためです。

反対に言えば、多くの人にとって、心理的な未来には広げることができる余地があるという事です。

■欲求や目的の変化

欲求や目的は、時間と共に変化していきます。もしこれらに変化がないのなら、未来は過去の確率や法則で予測可能になるでしょう。

欲求や目的が変化するため、過去から離れて未来に依存していると言えるのです。

単に時間が経過することで欲求や目的が変化する場合もあります。しかし典型的には、欲求が満たされることで飽きてしまい、次の欲求や目的を考えるというプロセスが現れることになるでしょう。

■欲求や目的の変化モデル

シンプルな自我を模擬することを考えた場合、欲求や目的の変化をどのようにするかが、要点になると考えます。

継続的な変化の構造としては、循環型やレイヤー型が考えられます。

循環型は、既存の欲求や目的がフラットに並べられていて、どれかが満たされると、別のものに単純に遷移するという事を繰り返す構造です。

レイヤー型は、いわゆるマズローの欲求段階説です。下のレイヤの欲求が満たされると、上のレイヤの欲求を満たしたくなるというように、欲求の階段を一歩一歩上っていくような構造です。

■過去と未来の合流点

過去に基づいた予測と、未来に対する欲求や目的に基づいた選択は、思考する自分自身の中で合流します。つまり思考する私たちは、常に過去と未来の合流点に立っていることになります。

そして、心理的な未来である欲求や目的が変化することで、この合流点は更に複雑で予測困難なものになっていきます。

これらの条件を満たせば、例え高度に複雑な知性を持たず、ごくシンプルな処理しか行えないような仕組みでも、自我のようなものが再現できるのかもしれません。

■完全予測

まず、過去に基づいた予測について、シンプル化して考えてみます。世界がごくごくシンプルで、1つの点Aと1つの生物Bだけが存在するだけだとします。点Aは、白と黒の2つの色が時間経過とともに変化するだけだとします。そして、生物Bは点Aが黒の時に活動すればエネルギーを得られ、点Aが白の時に活動してしまうとエネルギーを失うとします。

点Aは、シンプルに1秒ごとに白と黒が交互に入れ替わるだけの変化をするというケースを考えてみます。このケースでは、生物Bがごく単純な学習能力を持っていれば、暫く観察することで完全に点Aの振る舞いを予測できるようになります。このような状態を、完全予測と呼ぶことにします。

完全予測の状態での、生物Bの行動について考えてみましょう。単純には生物Bは点Aの完全予測に基づいて、黒の時には活動してエネルギーを獲得し、白の時には活動せずにエネルギーを温存するように振舞う事が、エネルギー獲得の意味では最も賢い振る舞いです。

従って、一見、この点Aと生物Bだけの極めてシンプルな世界では、生物Bは完全予測を行い、それに基づいてシンプルに最適な行動をするようになり、それが永遠に続くように思えるかもしれません。完全予測に基づく、完全行動です。

しかし、そうとは限らないと私は考えます。

■完全行動への疑問

完全行動が達成されることに私が疑問を抱く理由は、2点あります。

1点目は、このシンプルな世界では、常にエネルギーを最適に獲得することに意義が無いためです。もちろん、常にエネルギーを最適に獲得する方法も正解の一つですが、エネルギーが尽きてしまわないような形で獲得すればそれで十分です。

生物がこのシンプルな世界でも適者生存で進化してきたと仮定した場合、私たちの目にはエネルギーを最適に獲得する生物が最も適した生物に見えるかもしれません。しかし、活動が継続できるならエネルギーを余分に持っている生物も、少しエネルギーの獲得機会を逃す生物も、この世界での生存の適正度において何も差はありません。

このシンプルな世界の点Aに、仮にランダムに白ばかり続くようなケースが混入するのであれば、その時に備えてできる限りエネルギーを蓄積する生物の方が適者として生存する可能性が高くなるでしょう。しかし、そうしたランダムなエネルギー供給の空白が無い世界では最適なエネルギー獲得に優位性はありません。

2点目は、生物が進化する上で、状態が固定的であるよりも、流動的であることの方が重要であるためです。生物側から見れば、この世界の法則が永遠に続くかどうかは未知です。このため、過去のパターンがどんなに正確に周期的であっても、生物は常に変化する仕組みを内包したまま進化を続けることが重要になります。私たちの目から見れば最適な答えが分かるとしても、生物の側から見れば、ランダム性を持たせて、世界の変化に備えておく方が合理的です。

このため、完全予測状態においても、必ずしも最適な行動を固定的に取る生物が登場し、そこで進化が終着点になるとは思えません。例え最適な行動が行える生物が登場したとしても、何らかの形で紛れや変化やランダム性が無ければならないはずなのです。

■行動パターンの幅の確保

このシンプルな世界において、完全予測が出来るようになった生物が、完全行動には固定されず、様々なパターンの行動を取るということを前提に考えてみます。

この生物が、知性を持たず自分の行動パターンを制御できない場合、ここでいう様々なパターンは、この生物種の個体毎に異なるパターンを持つという意味になります。

一方で、この生物が知性を持っており、自分自身の行動パターンを制御できる場合、行動パターンを自ら変化させていくことができます。

生存に困らないエネルギーが安定的に手に入る状態になっている限り、この知性を持つ生物は、様々な行動を試すでしょう。この行動の取り得る幅が心理的な未来です。

■自己目的の進化

その幅の中で、生存のためのエネルギー確保以外に、何を重視するかは、自由です。自由に選んだその自己目的に対して、最適な行動を取る事になるでしょう。そして、その自己目的に最適な行動を達成した上でなお余裕があるなら、さらに新しい目的を定めて、それに向けた最適な行動も加えていくでしょう。

例えば、保持するエネルギー量を最大にするという目的を設定すれば、常に最適なエネルギー獲得をする行動パターンを選ぶでしょう。しかしそれを選んだ場合、それ以上の新しい目的を加えることは困難です。

一方で、例えば保持するエネルギーを一定に保つという目的を設定した場合は、エネルギーの獲得をあえて見逃したり、無駄にエネルギーを使うようなパターンを含むようになるでしょう。このケースであれば、それを達成した上でさらに新しい目的を加えられる可能性があります。

例えば、固定的なパターンでなく、行動パターンを変化させていくという目的です。この新しい目的は、保持するエネルギーを一定に保つという1つ前の目的を達成しながら、同時に達成を試みることができます。

こうした一種の遊びにも見えるような形で、様々な自己目的を設定して達成していくという過程を蓄積しておくことで、生物は予期しない環境の変化にも柔軟に対応するための準備をしておくことができます。

■自我の芽生え

そして、このように自己目的を付け加えていく様子は、マズローの欲求段階説のようなレイヤー構造の自己目的の変化を思わせます。それは、自己目的を進化させているようにも見えます。1つの目的を設定して達成するよりも、レイヤー構造のように1つずつ目的の層を加えていき、自己目的を多層化していく方が、一歩ずつ複雑さを増すことができ、より複雑な目的の形成を可能にします。

そして、このように目的を多層化していく過程では、自己認識も段階的に深めて行くことになります。先ほど挙げたシンプルな世界の例では、自分の獲得したエネルギーの量を把握して管理する仕組みや、自分の過去の行動履歴を把握して、同じパターンを避けるようにする仕組みが必要になります。このような形で、自己目的を増やしていくことは、自分自身への理解や把握の仕組みも増やしていくことを伴います。

こうして、予期しない変化に備えて自己目的を進化させる仕組みが、必然的に自己認識の高度化を必要とし、そこに自我が芽生えてくるのではないかと、私は考えています。

■さいごに

この記事では、過去の出来事の学習による未来予測と、自分の行動を複数の選択肢から選ぶ意志決定との関係を分析してきました。そして、未来に対する行動の自由度を心理的な未来と捉え、その背景にある欲求や目的が多層的な構造を伴って変化することが、自我の基礎になっているという考え方を示しました。

また、この理解を深めるために、完全予測が可能な架空のシンプルな世界を仮定して思考実験を行いました。そして、完全予測が出来たとしても、生物は未来に対する自由度を確保するために様々な行動パターンを取り、知性があればそこに多層的な目的構造が現れる可能性があることを見てきました。

こうして考えると、生物や知性は、過去をなぞるだけの存在ではなく、未来を自ら作っていく存在でもあるという捉え方が、より鮮明になります。つまり、過去と未来の合流点に、生物や知性は位置していると言えるでしょう。

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