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生命の起源と自己複製:ポリマー変換システムの視点

生命の起源について、私は、システム工学の観点から個人研究を行っています。これまでは生命が誕生するまでの化学物質の進化に焦点を当てて考えてきました。

その中で、地球の地形として池や湖が河川でつながっている構造、そして水が池や湖を経由しながら川を流れ、海で蒸発して雲になり雨として山に降るという循環をすることに着目しました。多数の池や湖が化学物質を多様な割合で蓄積し、それらの間を水の流れや蒸発時の上昇気流や風や雲によって化学物質が移動したはずです。これが多様な新しい化学物質の出会いを促進し、かつ、フィードバックループを形成して化学物質群と化学反応の連鎖が自己強化や自己維持をするシステムとなったという仮説を立てることができました。

さらに、化学進化の過程で、粘度を持った塊や繊維状の有機物、そして脂質膜が登場したと考えられます。つまり、化学進化だけでなく、構造進化も進行したと考えられますので、化学進化と構造進化が車輪の両輪として生命の誕生を押し進めたという進化モデルの仮説も立てました。

この記事では、残る大きな課題である、DNAのような自己複製する仕組みと、DNAからRNAが生成され、RNAからタンパク質が生成されるというセントラルドグマの仕組みの起源について考えていきます。

ここでの着眼点は、DNA、RNA、そしてタンパク質は、いずれもポリマーと呼ばれる鎖状の化学物質であるという点です。モノマーと呼ばれる基本単位となる化学物質が連結されて構成されるポリマーが別のポリマーに変換される仕組みについて考える事で、この謎を紐解いていこうと思います。

■ポリマー変換システム

生物の細胞には、メッセンジャーRNAからリボソームによってタンパク質に翻訳される仕組みがあります。

DNAの片方の鎖から、DNAポリメラーゼによって対となるDNAの他方の鎖が転写される仕組みと、RNAポリメラーゼによって対となるメッセンジャーRNAが転写される仕組みもあります。

転写も翻訳も、一種のポリマー変換と考える事が出来ます。

したがって、生物はDNAからポリマー変換を重ねて様々なタンパク質を生成する仕組みを持っていることになりますし、DNAからポリマー変換によってDNAの複製を可能にしているとも言えます。こう捉えると、生物はポリマー変換システムであるという一面を持っています。

もちろん、このような抽象化は、多くの細かな情報を欠落させてしまいますが、一方で本質的な仕組みの成り立ちをしっかりと理解するためには、本質を把握できるように細部を削り落とすことも必要です。

■ポリマー変換の仕組み

ポリマー変換は、不変のポリマー変換器が必要です。そして、様々に変化する入力コードを、ポリマー変換器が規則に従って出力コードに変換します。

この条件に当てはまるようなポリマー変換器ではありませんが、最もシンプルな構図は、化学物質Aに化学物質Bが接触すると、周辺にある素材となる化学物質から、化学物質Cが生成されるという構図です。

この化学物質Aに、化学物質Dが接触すると、化学物質Eが生成されるという関係があれば、化学物質Aは少しポリマー変換器に近づきます。つまり、接触したのが化学物質Bなら化学物質Cを出力し、化学物質Dなら化学物質Eを出力するという、辞書のような単語変換の機能があるためです。

化学物質Aに、化学物質BとDが連なったポリマーが与えられたときに、化学物質CとEが連なったポリマーを出力するなら、化学物質Aは完全なポリマー変換器となります。

■ポリマー複製の仕組み

与えられるポリマーが化学物質B、C、D、Eの連結であり、また、変換されるポリマーがC、B、E、Dの連結である場合、化学物質Aはポリマーを複製することができます。化学物質Aで1回変換したポリマーは、最初のポリマーの裏返しのようになっています。これをもう一度化学物質Aで1回変換すると、元のポリマーの複製が出来上がります。

さらに、与えられるポリマーと、化学物質Aで1回変換したポリマーが2本鎖として結合されると、自己複製可能なものになります。

DNAの自己複製は特別なメカニズムに見えますが、内容としては特殊な条件を満たしたポリマーと、そのポリマー変換によって成立している仕組みです。

■ポリマーとポリマー変換器

変換元のポリマーとポリマー変換器が、ポリマー変換によって再生成することができれば、これらは増殖をしていくことができます。

この両方が生成される必要があるという点は、かなり難しい要件です。

この要件が緩和されるとすれば、ポリマー変換器自体も、変換元のポリマーと同質のものであると都合が良いことになります。

リボソームに含まれるリボソームRNAの存在を考えると、RNAの複製と進化ができる仕組みが先にあれば、その後にリボソームRNAが登場してタンパク質を合成できるようになったという進化の過程が想定できます。

RNAは逆転写によりDNAの一本鎖を生成でき、DNAから転写によりRNAを生成可能です。しかし、逆転写も転写も、特殊な酵素を必要とします。その特殊な酵素の生成が出来なければなりませんが、この仕組みではそれを説明できません。

■ポリマーとポリマー変換器の起源について

ごく短いRNAとDNAであれば、もしかすると逆転写と転写は、酵素を必要とせず、自然現象で発生したのかもしれません。例えば水に溶けた物質は水温が下がる事で自然に結晶化します。

RNAの原型となるものも、何らかの環境条件が整うと、ポリマー変換器が無くても自然にDNAを生み出す事が出来たかもしれません。そして、DNAからRNAの生成も、ポリマー変換器が無くても同じように自然に形成できたかもしれません。

このような仕組みがあれば、初期のRNAとDNAに近い関係にある物が、酵素なしに自己増殖が出来たことになります。

もちろん、RNAやDNAの鎖が長ければ完全な逆転写や転写が成功する確率は低くなりますので、ごく短い長さでなければこの仕組みは起きないでしょう。

自己増殖を行う過程で、RNAとDNAは多様な変異を遂げ、その中からリボソームRNAの原型が生まれ、タンパク質の形成の初期段階が実現された可能性が考えられます。

タンパク質が合成される仕組みが出来上がり、それが進化していけば、リボソームを構成する酵素や、RNAからDNAへの逆転写酵素、DNAからRNAへの転写酵素などが生成されるようになり、ポリマー変換器が洗練されていったと考える事が出来そうです。

■DNA起点で考えてみる

同じことをDNA起点で考えてみます。ごく短いDNAの1本鎖があり、それが環境条件が整えば、ポリマー変換器がなくても自然に対となる1本鎖のDNAを生成できると仮定してみます。

この場合も鎖の長さは短いことが想定されます。長さが短ければDNAは絡まり合う二本鎖にならずに、そのまま1本鎖のDNAとして分離することも考えられます。

そう考えると、DNAを起点に考えた場合は、DNAからDNAへの転写の仕組みだけが、ポリマー変換器がなくても自然に行われれば良いことになります。こう考えると、RNAとDNAの逆転写と転写よりもシンプルに自己増殖することができます。

初期のDNAに近い物が、このような自然の仕組みで自己増殖することができれば、後は自己増殖の過程でランダムに変異をしながら、RNAへの転写機能を獲得したり、さらにそこからタンパク質の合成機能を獲得していった可能性も考えられます。そうすれば、DNAからDNAへの転写酵素やその他のポリマー変換器が生成されて洗練されていくという流れが出来たと考える事が出来ると思います。

■起源はRNAかDNAか

RNAの方がDNAより構造がシンプルであるという点と、RNAには遺伝情報の保存の他に酵素としての働きもあるという点で、RNAが生命現象の起源になっているという考えが有力視されているようです。

しかし、前節で議論したように、二重鎖となるような完全なDNAではなくシンプルに一本鎖のままでも自己増殖は可能ですし、むしろその方が自己増殖の仕組みとしては有利です。また、自然の作用で転写が行われた可能性があるなら、酵素の役割を持つかどうかは、初期の自己増殖の仕組みの形成には影響しません。

RNAが自己増殖の仕組みを獲得するためには、自然の作用で逆転写と転写の両方が同時に起きたとするか、片方をRNA自身の酵素としての機能と同時に発現したか、のどちらかが必要です。どちらであっても同時に2つの条件が必要になります。

一方で、1本鎖のDNA起点であれば、1本鎖のDNAから1本鎖のDNAへの転写が自然に発生すれば自己増殖が可能となります。

ここでのポイントは、初期の自己増殖には、酵素を必要としなかったという仮説です。現在の生物に見られる完全なDNAやRNAでは難しいかもしれませんが、それと同様の性質を持つDNAやRNAの前駆体を想定し、ごく短い鎖から始まったと考えれば、必ずしも酵素が無くても自己増殖する化学物質が誕生していた可能性を考えることはできます。

そのような仮説と前提の下であれば、一本鎖のDNAのように自分自身の対になる鎖状構造を転写できるポリマーが、最初の自己増殖の仕組みとして登場したと考える方が、可能性としては優位でしょう。

■回文型DNA

一本鎖のDNAは、転写を二回繰り返すことで、自分自身を複製することができることになります。しかし、自然現象に頼っている状況下で、途中で転写が失敗することなく二回繰り返し成功する可能性は高くないはずです。二回転写に成功して増殖する速度よりも、途中で失敗が起きたりDNAの構造が破損する速度の方が早ければ、増殖は成功しません。

DNAの遺伝情報の中には、回文型の遺伝情報も部分的に存在しているという話を聞いたことがあります。回文型の遺伝情報とは、ABCDから転写するとDCBAが生成されるというような、逆順の鎖が生成される遺伝情報の並びです。転写されたDCBAは、左右を180度回転させればABCDという並びの鎖ですので、1回の転写で同じ遺伝情報が生成できたことになります。

回文型の遺伝情報を持つ一本鎖のDNAであれば、このように1回の転写のみで自己増殖ができますので、破損速度と増殖速度の関係ではかなり有利になります。

従って、DNAのような性質を持つ、一本鎖の短いポリマーで、かつ、回文型の遺伝情報の並びを持ったものが、自己増殖するポリマーの起源であった可能性が高いと、私は考えています。この事が、今でも生物のDNAの中に回文型の遺伝情報が含まれていることの説明にもなるでしょう。

■自己増殖の起源ポリマーの条件

DNAという具体的な化学物質を考えると、その構造の複雑さに囚われてしまうかもしれません。また、生命の起源においては現在の生物が持つDNAやRNAとは全く異なるポリマーが自己増殖し、その化学進化の過程でDNAやRNAが生み出され、初期のポリマーは淘汰されたという可能性もあります。

これまでの議論を踏まえると、こうした未知のポリマーであれ、DNAの前駆体となるようなポリマーであれ、一定の条件を満たせば自己増殖が可能です。かつ、その条件を満たす最もシンプルな化学物質が、自己増殖の起源ポリマーであると考えられます。

その条件とは、以下のものです。

a) 2種類以上のモノマーから構成されるポリマーであること

b) 同じモノマーから構成されるポリマーへの転写が行えること

c) 複雑な酵素を必要とせず自然環境の条件やよりシンプルな物質を触媒にして転写が行えること

d) 回文型の順序を持つこと

e) 自然現象による転写の速度が、ポリマー構造が破壊される速度を上回ること

自然環境が関与する条件c), e)も含めて、これらが成立する最もシンプルなポリマーが、地球上でのポリマー変換システムとしての生命の起源と考えられます。

■結合点を考える

化学物質Xと化学物質Yがあるとします。XとYは両方とも結合点aと結合点bを持ち、aとbは結合することができるとします。これにより、XとYはポリマーを形成することができるモノマーとなります。

さらに、Xが結合点x、Yが結合点yを持てば、モノマーXとYから形成されるポリマーは、前述の自己増殖型のポリマーの条件を満たします。

後は、aとbの結合の方が強固で、xとyの結合の方が弱いという条件も必要です。これにより、環境条件が変化した時に、ポリマーの一本鎖は維持されますが、二本鎖のまま膠着状態になる事はないという状況が生まれます。

このような化学物質XとYが水中に十分な量が存在するとします。そして、最低限の環境条件が揃うと、まずXとYのaとbの結合基が結合されて、短いポリマーが生成されます。最小単位はXX、XY、YYです。この中でXYが、回文型の構造を持っていることに着目してください。

そこでさらに環境条件が整うと、このポリマーにxとyの結合点で結合するものが出てきます。先ほどのXYにYが結合されたものが出てくる、というイメージです。さらに時間が経つと、そこにYも結合され、XYとYXのポリマーの組が出来上がります。ここからすこし環境条件が崩れると、xとyの結合点が分離されて、XYとYXに分離します。YXは構造としてはXYと同じものですので、この操作により、XYは2つに増殖した事になります。

このような操作により、ポリマーはxとyの結合によって長くなっていき、aとbの結合により転写が行われます。そのポリマーが回文型の構造を持っていると転写は複製と同じ意味を持ちますので、回文型のポリマーの方が、その他のポリマーの2倍の速度で増えていくことになります。途中で破損する確率は同じですので、総量は回文型のポリマーの方が圧倒的に多くなるはずです。

■さいごに

この記事では、ポリマーとその変換の仕組みについて考える事で、DNAやRNA、タンパク質の生成について考えを深めました。

そして、変換のための複雑な酵素が必要であるという前提から抜け出して、自然環境の変化によってポリマー変換が行われる可能性を検討しました。この仕組みであれば、理屈の上では、短めの回文型のポリマーならシンプルに環境条件が変動するだけで自己複製が行えることを発見することができました。

後は、実際にこのような条件を満たす化学物質が存在し得るかという点になります。また、ここまでは、単に自己複製ができるポリマーが存在するというだけの話になります。ここから、DNAとRNAとタンパク質のようなポリマー変換システムが登場し得るのかについても、考えていく必要があるでしょう。

いずれにしても、自己複製の仕組みの起源と考えられるシンプルな仕組みに気がつくことができた点は、大きな収穫です。

私たちは複雑な酵素がDNAやRNA、タンパク質の変換に関わっていることを知っていますので、つい、こうした酵素が登場することがポリマー変換の起源だと考えてしまいがちです。しかし今回の着想のように、複雑な酵素ができる以前に自己複製が実現できていたとすれば、生命の起源における化学進化の順序も、大きくイメージが変わってくるでしょう。

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