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生命の定義を考える:ロバスト性を向上させる影響ループ群

私は、生命や知性をシステムとして捉え、物質や性質や機能でなく、そのシステムが動作することで生じる影響に着目しています。

システムが内外に与える影響は、システムの動作や外界との相互作用に伴って、連鎖状に影響が連なっていることがわかります。この影響の連鎖が循環することで、フィードバックループが形成されます。

この影響のループが、ループ自体にポジティブに作用すれば、ループが自己維持や自己強化されます。こうしたポジティブに作用する影響のループが多数絡み合うことで、生命や知性というシステムが、非常に高いロバスト性を持つ事になります。

ロバスト性とは、強靭性と言い換えることもできます。平たい言葉で言えば、たくましさ、です。システムが環境の変化や、外部からの攻撃などに耐えて、活動をし続ける能力の高さを表します。

この記事では、ループ中心の視点でシステムを捉えた際のロバスト性の向上について考えていきます。このために、まずはロバスト性の種類を明確にすることから始めていきます。

■システムのロバスト性に与える影響

影響のうち、その影響を生み出す物や現象のロバスト性を高めるものがあります。ここでは、システム工学的な観点から、ロバスト性の種類を整理していきます。ざっとロバスト性の種類と、システム的な対策を以下に上げます。

  • 入力の変動に対するロバスト性

    • 対策:バッファリング

  • 一時的な阻害に対するロバスト性

    • 対策:再送

    • 対策:別経路

  • 障害に対するロバスト性

    • 対策:修復

    • 対策:冗長化

  • 消耗に対するロバスト性

    • 対策:メンテナンス

  • 汚染に対するロバスト性

    • 対策:排出

    • 対策:ろ過

    • 対策:防護

  • バグに対するロバスト性

    • 対策:デバッグ

    • 対策:フールプルーフ

  • 攻撃に対するロバスト性

    • 対策:セキュリティ

  • 環境変化に対するロバスト性

    • 対策:改良・イノベーション

  • 依存リスクに対するロバスト性

    • 対策:内製化(フロー、コンテナ)

    • 対策:マルチベンダ

  • システムの内的な変化リスクに対するロバスト性

    • 対策:バックアップ

    • 対策:複製

    • 対策:スモールスタート・段階的移行

あくまで、備忘録的に挙げているだけですので、これだけではなくより多くの種類や対策があるはずです。一つ一つの内容も、ここでは説明はしません。

ここで言いたいことは、このようにシステムが維持できなくなる要因は多数あるということと、それぞれの要因に対してシステムがロバスト性を持つためには、その要因に沿った個別の対策が必要になるということです。

上で挙げた要因と対策の中には、大枠だけを書いているものもあり、細分化するとそれこそ無数の要因と対策が出てくるものもあります。例えばバグや攻撃は、その種類は果てしなく多様に存在し、その対策も非常に複雑になります。

■生命における複製

このロバスト性の分類とその対策の中に、生命というシステムにとって非常に重要な要素が見られます。それは、内的な変化リスクに対するロバスト性であり、その対策である複製です。

環境の変化に対するロバスト性の対策としての改良、進化、イノベーションのために、システムは変化を求められます。一方で、変化はリスクを伴います。変化により、今まで上手く動作していたものが、全く動かなくなるリスクがあるためです。

このリスクを考慮すると、今まで上手く動いていたシステムのコピーが欲しくなります。コピーを作っておいて、その中の一つだけを変化させて、上手く動くかを試すことができれば、変化によるリスクを最小限に抑えることができます。

自己複製を可能にするDNAは、進化の仕組みに注意が向けられますが、同時にこの変化リスクの対策としても非常に有効に機能します。システム開発において、プログラムをリポジトリに登録し、改変を加える方法と同じです。改変したプログラムにバグが多ければ、その改変版を捨てて、リポジトリに登録していた途中のプログラムから作り直す事ができます。これにより、プログラマは安心して様々な新機能をプログラムに組み入れる実験ができ、システムの改良やイノベーションを促進します。

■生命における内製化

複製に並んで、私が注目しているのは、依存リスクに対するロバスト性と、その対策である内製化です。

システムの動作の一部を外部環境に頼っていると、その環境が変化した時に、システムが立ち行かなくなります。

このため、必要なものはできるだけ自前で用意できる方がシステムはロバストになります。

もちろん、物理法則に逆らうことはできないため、エネルギーや物質は外部から供給を受けるしかありません。一方で、内製化できるものも多くあります。

生命の起源において、影響のループという観点から考えると、地球の水の循環と、池や湖といった滞留場所が重要であると私は考えています。

池や湖は、影響を与えるような化学物質を蓄積し、それを使った化学反応を起こし新しい化学物質を生み出す器としての役割を担います。

器で生み出された化学物質が影響のループを形成するためには、器と器の間でその化学物質がやり取りされる必要があります。この化学物質の移動を担っていたのが、地球の水の循環だというのが私の仮説です。水は川となって流れることで池や湖といった器の間で化学物質を運びます。また、海の水が蒸発するときに生じる上昇気流は、空気の中に飛散した化学物質を雲に運びます。雲は風に流されて陸に移動し、山に雨を降らせ再び川として流れます。

このようにして様々な影響のループが形成され、その中でもポジティブなフィードバックループとなったものが維持、強化されて進化していったというのが、生命の起源の初期段階だと私は想定しています。

この段階では、化学物質の器と移動は、地球の地形と水の循環に依存している事になります。地形や気候が変化すると、形成された影響のループが機能しなくなります。

そこで、化学進化に伴って編み出されたのが、細胞膜と細胞骨格だと考えられます。

細胞骨格の上を化学物質が移動することで、地球の水の流れに頼らなくても化学物質を任意の場所に移動させることができます。細胞膜でカプセルすることで、システムが必要とする化学物質を留めておく事ができます。

このように、依存リスクへの対策として、細胞膜や細胞骨格という、化学物質の器と移動の内製化の仕組みを、細胞は獲得したと考えられます。

■生命の定義の提案

このように生命という現象に、多数の影響のループが織り込まれているという捉え方を進めると、生命というもの自体の1つの定義を提案することができます。

それは、自己のロバスト性を高める多数の影響のループから構成されるシステム、という定義です。

先ほど挙げたシステムのロバスト性の分類に当てはめても、生物はエネルギーや物質のバッファリング、別経路や冗長化の用意、自己メンテナンスや修復、排出・ろ過・防護・セキュリティ、など生物が持っている機能がすぐに多数思い当たります。また、先ほど挙げた複製、フローやコンテナなどもあります。

こうしたロバスト性を高める影響ループが、生物の重要な機能を担っている事は間違いありません。そして、ロバスト性の向上という概念で、生命を支えている各機能の意味を抽象化して表現することができます。

■生命の進化

そして、ロバスト性が高いシステムや影響ループの方が、より長く存続することができます。かつ、システムや影響ループ同士のエネルギーや物質の競合が発生した場合も、ロバスト性が高いシステムがその競争に勝ちやすくなります。このように、存続と競争の両面で、ロバスト性の高さは有利に働きますので、システムが変異していくと、必然的にロバスト性の高いシステムが生き残っていきます。

このような形で、自己のロバスト性を高める多数の影響のループから構成されるシステムである生命は、よりロバスト性を高める方向に進化していくことになります。

これは、DNAや細胞膜が生成されるようになった細胞生物の進化においても適用できる考え方ですが、それだけではありません。

細胞登場以前の生命の起源における化学進化においても、化学物質が織りなす影響ループ群としてのシステムの進化にも適用できます。また、学問や文化や経済といった人間社会の中にあるシステムの進化にも、同様に適用可能です。さらには、ロボットやAIのような先端技術的なシステムにも適用する事で、より技術の姿が鮮明に把握できるかもしれません。

■さいごに

影響ループとロバスト性の向上というシンプルな形で、生命現象のシステムモデル化が可能だという考え方を示しました。

このシステムモデルをベースにして、数学的な解析やシステムシミュレーションを行うことで、生命の起源の仮説や生物の進化について、より説得力のある説明ができるようになるかもしれません。

さらに、このモデルは社会的な文化、経済、学問知識体系、などの進化や発展にも適用できます。このため、このモデルはより広範な分野で有用なものになる可能性があります。

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