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シネマティック動画の意義

動画を初めて2年半が経った。
時間は作品のクオリティに関係しないのは十分に承知してて、1年で僕の何倍も素晴らしい映像作品を作る人はそこら中にいる。
さて、映像についてだか、スマホ、パソコンを誰もが手にする事ができ、撮影から編集まで世界中の人が手軽に出来る様になった。ここで、プロの人と素人でカメラの画質の他にあまり差が分かりにくくなったっとも言える。編集も自動でできたり、高度なエフェクトとかも無料ソフトの機能で簡単に導入出来たりして、大袈裟に言えば、動画を作った人の誰もが動画クリエイターと名乗る事はできる。
自分も下手でも名乗ってるように
最近映像を作ってて意義について考えるようになった。場所に訪れてそこの場所の紹介動画を作る。この工程にようやく疑問マークが湧いてきた。これは自分にこの動画を作らなければならないと固定概念が作られてたからだと言える。

旅行に出かけたたびに自分に度動画を課してきて、正直作ってる目的が明確で無かったから、いいねや自己肯定感のために作ってたかのように思う。

他人の人生を生きるために動画を作るならまず目的を設定してそこから動画を作るのが大切に感じた。

yusuke okawaさんは

動画を好きになってくれる人を増やすためにカッコイイシネマティック動画を作り続けている

他には思い出を一生残しておくためだったり、社会貢献をするためだったり、ある人は東北大震災のメッセージを伝えるためだったり.
 
動画の目的が決まって、伝えたいものが何かわかるとそこから撮るものが明確になったりして人にインパクトを与えたりすると今思えばそう感じる。
以前の学校の文化祭のpvを見た人が影響を受けて、文化祭委員会に入る人数を増やす事ができた。
これは、作る時点から強い目的意識があったからだと思う。

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