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【連載小説】ライトブルー・バード<2>sideカエデ

↓前回までのお話です。

「カエデ! ほらアンタの『ダンナ』がいるよ!!」

   2時限目終了後の休み時間、山田カエデは同じ女子グループの板倉ナナエに肩を叩かれた。彼女の視線の先には廊下を歩く星名リュウヘイ。ニヤニヤする彼女に同調するかのようにミサとアサミも同じような表情をカエデに向けた。

   (なんか下品だよね)

   カエデは心の中でため息をつく…。

    2人が幼なじみで家は隣同士だと知った日から、ナナエたちは隣のクラスのリュウヘイを『ダンナ』と呼び始め、勝手に関係を脚色してはキャーキャーと盛り上がるようになってしまった。

   「小さい頃にこっそりチューしたことあるでしょ?」

   「お風呂も一緒に入ったことあるよね?」

   「今も親が寝静まった夜中に、部屋の窓から出入りとかしてたりしてぇ‼️」

   「そうそう、『一緒にテスト勉強しよう』なんて言いながら別の勉強したりしてサ」

   「…………」

   こんなセクハラまがいの扱いに腹が立たないワケがなく、初めて言われた時には思い切り反論した。

   「いい加減にしてくれない!? その『ダンナ』って言葉勘弁してよ!私とリュウヘイはただの幼なじみで、家が隣同士なことだって私たちは知ったことじゃない!!」

   その直後、3人の表情が一気に白くなり、冷たい視線がカエデの心臓を一突きしたのを今でもしっかりと覚えている。

   「何、本気になってんの?めちゃくちゃ引いちゃうんだけど…」

    リーダー格のナナエの言葉を引き金に他の2人も応戦。多勢に無勢の結果、何故かカエデが「ごめんね」と謝る羽目になってしまった。

  そんなカエデは現在、リュウヘイとの仲を冷やかされると…

   「だから…違うって」

    とやんわり…それも半笑いで否定することしか出来なくなってしまった。

    「まあ、星名のことは置いといて…、ねぇカエデ、井原サトシくんのこと、いつ紹介してくれるの?」

   「え?」

   ナナエの言葉に本気で驚くカエデ。紹介するなんて言った覚えはないのだが…。

   「いや、同じ中学出身だからって、さすがに紹介は無理だよ」

   続けて『サトシにも選ぶ権利はある』と言いそうになったが、何とか一歩手前で言葉を飲み込むことが出来た。サトシの好みは知らないが、嫌いなタイプなら知っている。今、目の前にいるナナエのような…いわゆる『(自称)キラキラ系女子』だ。

   (それにしてもサトシはモテるな…)

   長身のイケメンであることに加え、現在はバスケ部のエースで次期部長。中学時代からモテてはいたが、このマンモス校においても注目の的であることに、カエデは心から感心してしまった。

   「ナナエは美人だから、井原くんとお似合いだよね」

   ミサの言葉に上機嫌になったナナエは「やめてよぉ、恥ずかしい」と言いながら両手を頬に当てた。どう見ても「もっと言って」としか聞こえない。カエデは愛想笑いでその場をごまかそうとしたが、そうは問屋がおろさない。

   「カエデ、いつかダブルデートできたら嬉しいね。星名とカエデ、私と井原くん」

   「はっ!?」

   (ちょっと…いや、かなり図々しくないか!?)

   ナナエの自己チューぶりに、うっかり本音のカケラが出てきてしまった。マズイ!!!カエデは空気が凍る前に慌てて言葉を付け足す。

   「あ、あのね仲悪いんだ。リュウヘイとサト…井原くんは…」

    何とかごまかせたらしい。ナナエは「ふーん、つまんなぁい」と口を尖らせたが、カエデに怒りの矛先が向くことはなかった。

   ホッとしている自分に情けなさを感じるカエデ…。

    ただし、2人の仲が良くないのは口からでまかせではなく本当のことだ。『犬猿の仲』というよりは、サトシがリュウヘイに冷たい態度をとっていたような関係だったが…。

    あの2人…小学生時代はごくごく普通の友人同士だったはず。

   いつから…だっけ?

    ふと疑問に思い、昔を辿ったカエデだったが、明確な境界線を見つけることはできなかった。

   帰宅したカエデは制服のままでベッドに倒れ込んだ。

   (…疲れた)

   2年のクラス替えで声を掛けられ、ナナエ、ミサ、アサミとつるむようになったものの、自分が自分ではないような毎日を送ることにギブアップしそうだ。

   自分たちのグループは周りから『1軍』扱いされている。例えば行事などで幅をきかせても、誰も文句をいう女子はいない。ただし、自分もナナエたちに文句は言えない悲しい立場なのだが…。

   中学時代はクラスの中心人物として、みんなを引っ張ってきたカエデ。まさか高校で友達の顔色を伺うような生活を送るなんて夢にも思っていなかった。

   あの頃が懐かしい…

   友人同士のいざこざがなかったわけではないが、基本的に横並びでのんびりしたクラスだったと思う。もちろんカエデとリュウヘイが仲良く話していても冷やかすクラスメイトは誰もいなかった。

   (リュウヘイ…)

   身体を半回転させ、枕に顔をうずめた瞬間、インターフォンが鳴った。そして玄関から母親の声…。

   「カエデ!! リュウヘイくんよ!!!」

   門の前には紙袋を抱えたリュウヘイが立っていた。

   「よっ、カエデ! 」

   カエデは思わず目を細めた。眩しいのは西日か、それともリュウヘイの笑顔なのか判断しかねる。

   「どうしたの? リュウヘイ」

   リュウヘイは紙袋に手を入れ、パイを2個取り出した。

   「限定のストロベリークリームパイなんだ。ついつい10個買っちゃってさ、妹らに取られる前にカエデにも分けてやろうと思って…」

   「あ、ありがとう…って、10個ぉぉぉ!?」

   既に冷めたパイを受け取りながらリュウヘイの言葉に目を丸くするカエデ。

   「うん…思わずな。まあ、ちょっとした衝動買いだよ」

   「あーっ! 分かった!! 美人の店員さんに『ご一緒にいかがですか?』って言われたんでしょ?」

   「ご想像にお任せしまーす。あとさ、カエデ…」

   「ん?」

   「…『アイツら』まだしつこいの?」

   「………微妙」

    ナナエたちのことは、リュウヘイに報告済みだ。もっとも実際に言われていることの半分以上は隠してはいるが…。

  「俺は何を言われても構わないけど、カエデに彼氏が出来たら、ソイツに悪いからな…」口をへの字にしながら呟くリュウヘイにカエデが言葉をかぶせる。

   「そ、そんなこと言って、私よりも先にリュウヘイの方に彼女が出来たりしてっ!!」

   冗談のつもりだった。

「俺に?彼女が?…」

  『心外だ』という口調とは裏腹に、リュウヘイの目が一瞬泳いだ。直後に「ハハハ…、ありえねーよ」と言ったものの、彼の脳裏に誰かの姿がよぎったことにカエデは気がつく…。

  (うそ? リュウヘイ)

   動揺を悟られないようにカエデも笑った。

 「そうだよねー! リュウヘイみたいなおバカに彼女ができるワケないよね。絶対に私が先!!」

 「ひっでぇなー。んじゃカエデ、そのパイなるべく早く食えよ。またなー」

   リュウヘイは手を上げると回れ右をして、歩き出した。

  「…ごちそうさま。またね」

   リュウヘイの背中を見送りながら、カエデは指先にキュッと力をいれた。持っていたパイボックスが少しへこむ。

   リュウヘイが遠い。

   家は隣同士で高校も同じ。こうやって幼なじみの自分をちょくちょく気にかけてくれるのに…。

   「…ウソつき」

  「ん? カエデ、何か言った?」

    自分の家の門を開けようとしたリュウヘイが、首をねじってカエデの方を見る。

「な、ななな何にも言ってないよっ!」

    何で!?…思わず口にした自分でさえ、聞こえるか聞こえないかギリギリの音量だったはずなのに…。

  「そっか…じゃーな」

   リュウヘイは不自然にうろたえているカエデにもう一度笑顔を向けると、そのまま自分の家に入っていった。

 「………………」

   (ねぇ、リュウヘイ…覚えてる?)

   カエデは幼い頃のことを思い出していた。小学1年生の下校途中、何故かお互いの名字の話で盛り上がっていた時のことを…。

  「いいなー。リュウヘイの名字は」

  「え、 なにそれ?」

  「だって『星』と『名』で『ほしな』なんてキラキラしてキレイじゃん。いいなー」

 「ふーん、じゃあ、俺と結婚すれば『星名』になるだろ!」

   (…忘れているに決まってるよね)

   オレンジブルーに染まった空が涙でぼやけた。

  「ウソつき…」

   今度ははっきりと口を動かして声にするカエデ…。

(…でも、大好き)

   二度と戻らない日々が愛しくて仕方がなかった。

夕焼雲

お読み頂きありがとうございました(^○^)

<3>↓に続きます


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