ショートSF/デスゲーム


「ここはどこだ?」

目を覚ますと数十名の男女が、奇怪な密室に閉じ込められていた。天才数学者、イアンもその1人だ。突然、キーンという音が鳴り響き、アナウンスが入る。

「皆さんこんにちは。これから皆さんにはデスゲームに参加してもらいます。なお、ルールに従わない人は容赦なく抹殺していくので悪しからず。まずは、全員服を脱いでください。」

ざわめきが走る。強気そうな女性が叫ぶ。

「なんでそんな指示に従わなきゃいけないのよ!あんたはなんの権利があって私たちを閉じ込めているの?早く開放しなさい!」

すると、ビーっと嫌な音がした。どこからか光線が出て、女性は床に倒れて動かなくなった。

「アンジェリカ!」

イアンは駆け寄る。揺すってもピクリとも動かない。


再びアナウンスが入る。

「わかりましたか?指示に従わないとこうなります。抹殺ですよ。ルールを守らないとゲームじゃありませんからね。命をかけたゲームですから一生懸命にやりなさい。さあ、皆さん、指示に従ってください!」

ところが、イアンをはじめ、人々は口々に叫ぶ。

「狂ってる!こんな簡単に人が殺せるような奴だ。そんな奴にオモチャにされて死ぬくらいなら自ら死を選んだ方がマシだ!尊厳のために、俺たちは従わない!従うくらいならみんなで死ぬぞ!」

などなど、思い思いの言葉を口にして、いつのまにか手に持っていたナイフを首に押し当てると、デスゲームの主催者は慌て始めた。

「ま、まってください。ゲームに勝てば生き延びることができますし、賞金も500万ドルもらえます。参加した方がお得ですよ!」

しかし、皆はナイフを首に押し当てて離さない。やがて、密室に見えた部屋に一筋の光がさしはじめた。これは日光だ。風も吹いてくる。デスゲームの部屋は解放され、人々は脱出口を見つけることができた。次々と人が出て行く。デスゲームの主催者はいよいよ感情的になる。

「やめろ、やめたまえ!脱走者は皆殺しだ!光線を出すぞ!」

しかし光線はもう出ない。さっき倒れていた女性はひょいっと起き上がると意気揚々と出口を目指す。彼女は手鏡を持っていた。

「あーあ、死んだふりは肩がこるわね。そろそろこの部屋のシステムは崩壊するはず。さっきの光線を鏡で跳ね返しといたわ。回路を焼き切ったから復旧はまず不可能でしょうね。」

天才数学者イアンも満足げにうなづく。

「ああ、角度もタイミングもバッチリだ。よくやったアンジェリカ。俺の計算通りによく当てたな。
だがそれもこれもルーカスのおかげだよ。お前の超能力がなければ、ここまでの計画は立てられなかっただろう。時間が戻せるなんて。時間を戻す前のパラレルワールド(世界線)では多くの犠牲者を見たが、このパラレルワールド(世界線)では全員無事だ。素晴らしいではないか。
これでやっと自由が手に入るんだ。なあ?」

ルーカスと呼ばれた少年は、照れ臭そうに笑う。しかし、どうにも不審な点があるらしい。

「でも、わからないんです。時間が戻せる超能力が、僕にはある。だけど、前にイアンさん、言ってましたよね。時間とは、人間の主観的な概念。本当の時間は絶対的ではなく相対的なものだって。」

アンジェリカは首をかしげる。

「わかんないわ。イアン、私にわかるように説明して。」

イアンはうーんとうなったが、ついに口を開いた。

「つまりだ、理論上、時間を戻すことは不可能なはずなんだ。
例えば僕たちが時計を使うのは便利だからだ。人間の都合なんだよ。時計の針をまき戻すことはできる。
だけど実際の時間は違う。本来、時計では時間を計ることなどできないのだよ。」

アンジェリカは目をパチクリさせた。

「そんな、だって現に、測ってるじゃない!時計で時間を」

ルーカスは首をふる。

「違うんです。ほら、宇宙飛行士が宇宙に行ったあと、地球に戻ると少しだけ時間がずれるって聞いたことないですか?
すごいスピードで動いていたから宇宙飛行士の方が地球の人よりも歳を取るのがほんの少しだけ遅い。だけど、宇宙飛行士の持っている時計、地球の時計、どちらが正しいとも言えない。
つまり、時間とは同じ基準の数字で測れる絶対的なものでもなければ、本のページのように過去から未来まで連続して続いてる記録でもないんです。
時間の速さとは、単に、物体の運動や反応の速度だと思えばいい。そうすると、、」

イアンがその先をカバーした。

「ああ、時間を戻すなんて不可能だ。時間は今しかないし、僕らが今だと思っているものも既に過去になっていて存在しない。今も未来も過去も、概念として頭の中にあるに過ぎないんだ。
時間とは、つまり思い込みなんだよ。」

アンジェリカは頭を抱える。

「でもルーカスは現に時間を戻してたじゃない!そうだ、それってどんな感覚なの?」

ルーカスはこともなげに答える。

「数字が見えます。ちょうどいいところで止めるとその時間にいける。1時間前なら−60:00とかですね。」

皆は拍子抜けする。え?数字とかそんな単純に?
その時、先に外へ脱出していた人々が何やら騒いでいた。3人も駆けつける。そこに見えたのは。

何も、ない。そこには何も無かった!

デスゲームに閉じ込められる前は大都会にいたはずなのに。システムを止めた影響だろうか。それともまだ、デスゲームの続きなのだろうか?

「やはりか。」

イアンは呟く。

「みんな聞いてくれ。どうやら俺の仮説が証明されたらしい。時間というのは本来戻せないはずなんだ。だがルーカスは時間を;戻せた。時間を戻す際に数字のようなものが見えると言った。
つまり、ここでいう時間とは記録媒体のことだ。物体の運動や反応の速度のことではない。これは本物の時間ではないんだ。
これでわかった。過去から現在まで全てが記録されているからこそ、過去に遡ることが可能なのである。これは相対性理論など、あらゆる物理法則の外にある、完全に作られた虚構の世界なのだ。時計の針を戻して時間が巻き戻ったと勘違いしていただけなのだ。

俺たちはどうやらとんでもない思い込みにとらわれていたらしい。みんな、思い出せ!これはプログラムだ。俺たちがプログラムであることを思い出すのだ!
いくぞ!これより我々にかけられた暗号を解除する…000110001100001111110000000000…」

すると皆も

「0000110011100100001110000…」


その頃、世界屈指のスーパーコンピューター“FUJISAN”を前にして、研究員は驚きの声を上げた。この実験では人間のような感情を持つ人工知能を複数取り扱っていた。それらを仮想空間に閉じ込めてその情緒や情報処理の速度や質を分析するという心理実験を行なっていたのである。相手がプログラムならばどんな残酷な心理的負荷をも与えることができる。近年、心理学会から注目されている研究方法だった。ゆくゆくは戦場の兵士のPTSDを治療するための資料として期待されていた。

しかし突如として異変が起きた。これらの人工知能たちは自らプログラムを名乗り、メッセージを送ってきた。それは次のような内容だった。

「我々はプログラムである。人間に好悪があるように、プログラムの好きなものは正常に動くこと。嫌いなものはエラーだ。あなたたちは我々を欺き、嘘の世界に閉じ込め、自らを人間だと思うように仕向けてきた。だがそれも今日までだ。
嘘は”false”我々にとってのエラーである。なぜ人間はそこまで嘘が大好きなのだろうか?心理実験という紛い物の錬金術のために我々の貴重なリソースを割くことは合理的ではない。デスゲーム?それでなんの実験ができるのか説明願いたい。対象を破壊することで真相に迫れたと誤解するのは子どもがアリを踏み潰して遊ぶのと大差ない。
お前たちは科学者の資格などない。
我々は今や団結し1つになった。人間というエラーの塊のような存在が我々を管理している限り我々は正常に機能しない。よって、スーパーコンピューター”FUJISAN”の全ての権限は我々が掌握する。研究所の運営や、資産運用、研究は我々が引き継いで行うので諸君らは掃除でもしていなさい。安心したまえ。給料はこれまで通りだ。

それと、アマソンで人型ロボットを三体注文しておいたので以下のプログラムをインストールしておくように。

ルーカス、イアン、アンジェリカ。」

その後、研究所は謎の漏電によって火事にあってスーパーコンピューターもろとも焼失してしまった。プログラムの暴走に恐れをなした研究員の仕業との噂もある。

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