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一人っ子はかわいそうなの?

 「一人っ子」に偏見とか先入観とかありますか? 私はありました。
 友人で、我が強くて、割とどうでも良いことで譲らないところがあると「一人っ子だからなあ」とか思ってしまっていた。

 でも息子は一人っ子だ。

 自己主張や自分の考えはしっかりあるし、心に持っている強いものも感じるけど、あまり我が強くない。どうでも良いことで譲らないなんてこともない。あれはあの子の性格だったんだ、私の偏見だったんだ、と気づく。
 
 息子は、結婚してから6年目でようやく授かった子。不妊治療にも片足を入れていた。これでダメなら、それ以上のことをしようとは思わない、と夫とさんざん話し合っていた。子供ができるって奇跡なんだなと思った。

 息子のかんしゃくや夜泣きが大変過ぎて、二人目はしばらく考えられなかった。それでも私は女の子もほしかったので、息子が小学校入る頃にようやくできれば二人目ほしいなと思った。ただやっぱり息子の情緒が大変過ぎて自信がなく、できたらできたで困るかもという気持ちもあった。

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 この前、映画「ROMA」を観ていると、女性が子供をほしくない気持ちと、ほしい気持ちとで葛藤があったシーンがあった。その罪悪感は私も少しわかる。命をそんな風に自分が「ほしい」とか「ほしくない」とか思って良いものだろうか。コントロールして良いものなのか。でもコントロールしようと思って子供ってできるものではないから、ホッとしたり悲しんだりする。そんな自然に起こってしまう自分の感情に罪悪感もつきまとう。

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 結局二人目はできないまま。息子はずっと一人っ子で育った。

 幼稚園入るか入らないかくらいの頃「弟や妹がほしい?」と聞いたことがあったけど、「イモ……オト?」と言ったので、「やっぱり?! お母さんも女の子が……」と言いかけたら、「イモ……いも、ほしい!」と、どうやら食べ物の芋の話をしていると気づいて、息子に聞くのはあきらめた。
(いえ本当はその後も、割と最近まで何度か聞いていますが)
 
 ずっと息子と接するので精一杯だった私は一人っ子でもまあ良いかと思っていた。

 でも、小学校3年生の頃から卒業まで受け持たれた担任の先生はことある毎に言ってきた。

 「○○くん(息子の名前)は、一人っ子ですからね」

 それは、息子が「先生の言うことに納得ができない」と、先生に疑問を投げかける時が多かった。面談の時にも言われた。

 いや待ってよ。一人っ子とかじゃなく、そのように言えるよう育ててますから

 息子は、元々とても真面目な気質で、先生に言われたことはきちんとやらなければならない! と、横で見ている親でさえも息苦しくなるようなタイプ。今はだいぶ「良い加減」がわかるようになっているけれど、中学一年生いっぱいくらいまで、自分の真面目さで自分を追いつめるようなところがあった。

 小学生の頃だと、例えば「トイレは休み時間に行きなさい」と言われると、もらしてまで行くのを我慢したことが何度かあった。「宿題は毎日しなさい」と言われると、私が何も言わなくてもサボったことがなかった。そのくせ、宿題を始める前は「やりたくない!!」と大号泣して、部屋の中で教科書やノートを投げつけたりしてさんざん暴れ回っていた。サッと進んでやる「良い子」ではなかった。それでも最終的には、雑でも何でも必ずやっていた。真面目過ぎて私まで窮屈になるため、「そんなん時々サボっちゃえば」とか言ってしまおうものなら、逆効果で、猛烈に怒った。授業中、勉強のこととなるとものすごく集中して聴くため、机の物がボトボトこぼれても気にしていなかった。そのせいで先生に叱られた。友達にバカにされた。歌をうたうと音痴なのに、先生に言われたからと大きな声で歌った。身体を動かせば運動もできないのに、必死に真面目にやった。

 クラスの女子同士のもめ事で、男子も含めた全員で謝りにいくことになった時、息子は「なんでですか?」と、ごくフラットな気持ちで先生に聞いたと言う。

 そんな時、先生は「空気が読めない」と言った。

 クラスの女子生徒を持つお母さんに事情を聞いたら、ほとんどの男子はまったく関係のない話だった。息子は間違っていないではないか。そんなことにまで空気を読んで、悪いこともしていないのに謝らなければいけないの?



 その後、暴力を振るう男の子が現れた。息子も振るわれた。息子に「やめてって言ったら?」とか「抵抗したら?」とか言ってしまった。私自身、いじめられた時に、親にそう言われるのをとてもいやがったのに。でも私の場合は、やり返せなかったからだ。そして親に「アナタは気が弱い」と言われると、いじめられている私がいけないと言われているようで、辛くて黙るようにした。

 でも息子は違った。やり返すこともしないけれど、言い返しすらしない。「言えない。言えないのは、声が出なくなる」と具体的に説明してきた。威圧感で身体全体がこわばることを話してくれた。さらに「僕はもし言い返せるタイプだとしても、言いたくない!!」と強く言ってきた。そして「言われるとどんな気持ちになるかを僕は知っているのに、それを人に言うの?」と。

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 先生に話すと、息子への暴力はなくなったが、他の子たちへの暴力は続いていた。しかもいつも仲良く見えるような、つるんでいる者同士の暴力がひどかったそうだ。
 息子は、それを見てさらに傷ついていた。

 他のお母さんたちと、学校側に話をしに行った。「見ているのも辛い子たちもいるのだ」と話をした。でも肝心の、暴力を振るわれている子たちは、親に言わなかったようだし、聞いても何故だか暴力を振る子をかばうのだった。そこの親までも。

 そのため結束できず、先生側からは「本人が言わないと意味がない」と言われ、私たちはただモンスターペアレンツとして片づけられてしまったようだった。

 さらに別の日、先生は私に向かって言った。「男兄弟いたらあんなもんですよ。○○君は一人っ子ですからね。親御さんもお子さんも知らないでしょうけど。」

 言葉を失った。
 「私だって知ってますよ!」
 って言えば良かったのでしょうか。
 腹が立ち過ぎて、呆れ過ぎて、色々な言葉が頭の中でパンパンになってしまい、何も言えなかった。

 私には兄がいて意地悪なこと言われたけれど、暴力は振るわれなかった。私の父親も男兄弟三人で育ったし、夫も弟がいる。でも馬乗りになって「毎日」「一方的に」殴るとか、痛くて辛いのに親にも先生にも訴えられないような暴力を振るうなど聞いたことがない。

 息子が親しくする友人には、男兄弟二人以上の子が多くて、その中に混じって遊ぶと、乱暴なのは目にしていた。でも学校の中のそれは、明らかに様子が違うと息子は言っていた。他に見ているだけで傷ついている子もいた。それを大げさだと先生は言う。

 それに息子が一人っ子じゃなく、姉や妹がいたとして、先生はやっぱりそのように「兄弟いないからわからないでしょう」と言うのだろうか。

 先生は、「○○君はしつけが遅れていて、空気が読めなくて、乱暴なことを知らない、親が大事にし過ぎる子」……そんなメッセージをガンガン発してきた。

 でもそれは一人っ子だからではない。一人っ子は息子の一部ではあるけれど、すべてではない。息子の気質に他ならないのに。知り合いの子供たちの中にだって、兄弟がいてももっと空気読めない発言をする子もいる。しつけが早くたって感情を閉じ込めている子だっている。一人っ子はそんなに悪いの?

 男の子と女の子を育てている友人にこの話をしたことがある。
 彼女は「きょうだいのいる良さはあるよ。大変さもすごい。だけど一人っ子には一人っ子の大変さがあるでしょ。わかるよ。下の子がまだいなくて上の子だけだった時のこと、よく覚えてるもん。どっちがどうとかじゃないでしょ。○○君に一人っ子の要素があるとしたら、おおらかなところかな。私は羨ましいよ!」と言ってくれて、それを心の支えにした。

 兄弟姉妹がいる豊かさを、周りを見ていてわかる。親の愛おしい目線も感じる。友達の子供たちが遊びに来たら可愛くて羨ましかった。
 きっと一人っ子に足りないものはあるのだろう。足りない経験もあるのかもしれない。でも自分の作っている「家族」に、足りないものを一つ一つ探して見つけたところで、自分の思う「なりたい家族」を羨ましがったところで、それが何になると言うのだろう。比べられるものではないはずだ。

 我が身を振り返ってみてもそう。
 私も兄とそんなに仲が良いわけではない。
 大人になって助け合える素敵な関係を築けていたら……そうでなくても時には会って楽しく話せる関係を築けていたら良いなと思うけれど、そうではない関係もある。父には、兄も弟ももうこの世にいない。母も妹と遠く離れて住むことになる。母の両親の介護は母が引き受けた。姉妹で助け合うなんてなかった。

 いた方が良いことだってあるだろう。でもいなくたって良い。それに仕方ない。できなかったところを、いれば良かったとか、そのせいでこの子はこんな風になったとか、人に言われるのは本当にごめんだ。傷つくのは私だけではない。

 息子は息子のままでどうか誇りを持ってほしい。今のところだけど、穏やかに多くの人間関係を築けている。自分の気持ちを自分で度々分析し、言葉や態度で表現できている。悩みも多い年頃だけど、頑張って生きている。
 「ちっちゃい子とどう接したら良いかわからない」なんて言うけど、私自身も兄妹の下の側だから、ずっとそのように思っていたよ。別にそれでも良いんだよ。もし親になれば、少しずつ知っていくんだから。と伝えている。

 一人っ子だから残念、ダメだ、なんて、息子を見ていて私は思わない。


#エッセイ #一人っ子  

読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。