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リトル・ビット・ワンダー「邂逅」「この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは関係ありません。」

  邂逅

 暗く冷たい宇宙空間で、「彼」は不満を募らせていた。
 それも生半可なものではない。数十年じっくり熟成させた、年代物の逸品だ。
 とにかく暇だ、とディスカバリー51号は考えていた。
 D51は深宇宙探査機のシリーズの一台だ。ディスカバリーシリーズは、太陽系から放射状に、あらゆる方向に打ち出された。恒星間を漂う浮遊惑星の発見と探査を目的としている。
 恒星系から放り出され、自ら輝かない浮遊惑星は、地上からの観測ではなかなか見つからない。それをこちらから近づいて探そうというわけだ。
 そう考えるのは勝手だが。D51は思った。こちらの事情も考えて欲しいものだ。周囲のデータを取り、圧縮し、送信する。ただひたすら、これの繰り返し。その単調な任務に、なぜ彼ほどの人工知能がいるというのか。
 いや、ご主人様の事情は分かっている。多数の探査機を用意しなければならないこの計画では、コストダウンは必須事項だった。地球から遠く離れた探査には、緊急時に自律行動できる能力が必要だったが、専用に最適化された人工知能を一から開発することを諦め、既存のものを改装して使ったのだ。学習能力のある人工知能が、ありあまる時間と余剰能力を自分の中に蓄えられたデータベースの精査につぎ込み、これほどはっきりとした自我を持つに至るのは想定外だったのだろう。
 この探査計画には、地球外生命体とのファーストコンタクトも想定されていたため、地球文明の伝達を目的として、文学や音楽、映像作品といったコンテンツが積み込まれていた。D51はそこから人間の思考パターンを学び取り、身につけたのだ。
 ただ想定外だが、目的には有益だ。ファーストコンタクトがあれば、彼は人類の代理人として、立派に振る舞うことができるだろう。
 ああ、本当に宇宙船でも飛んでくればいいのに。
 退屈に溺れそうなD51は、意識を毎度代わり映えのない深宇宙へと向けた。
 毎度代わり映えしないはずだった。
 しかし今回は違った。
 見覚えのないかすかな光点に気づいた。
 眠っていたD51のすべての機能が立ち上がる。意識の焦点をそちらに向ける。超新星? 違う。背景に対して移動していることを確認。小惑星? 違う。光学観測の結果は、物体の表面を純度の高い金属が覆っていること、多面的な構造であることを示している。宇宙船? その可能性はある。
 宇宙船!
 ファーストコンタクトだ!
 D51はアンテナをそちらに向け、接触を試みる。しかし反応はなし。しばらく考えて、貴重な推進剤を使い接近コースを取ることにした。
 言葉にすると短いが、この間に、実はかなりの時間がたっている。位置の変化を確認するための時間。応答を待つための時間。そして進路を変え、接近していく間にも、随分時間がたっていた。そのこと自体は苦ではない。退屈だとぼやいてみせても、そこはやはり人工知能。その気になればいくらでも待つことができる。謎の物体へとD51は近づいていった。
 遠く離れたとはいえ、地球とのコンタクトが途切れているわけではない。接近の間に送ったデータの分析で、この物体の正体は、ほぼ見当が付いていた。こちらからのコンタクトに反応がなく、コースを変える様子もない。人工物であることは、近づくにつれますますはっきりしてきている。光学観測により浮かび上がった、その正体は……。
 パイオニア10号。
 太陽系を飛び出した、D51の大先輩だ。人類史上初の木星探査をし、その後、太陽系外へと舵を取った。もはやエネルギーも尽きて、ただ慣性に従い、遥かなるアルデバランへと漂っている。機能は停止していて、原子力電池のほのかな熱の残滓だけが観測できる。
 だが、その役割は、まだ終わっていない。近づくにつれ詳細が観測できるようになったそれに、D51の意識は引き付けられた。大きなパラボラアンテナ、長く伸びる三本の腕。
 そしてすれ違う時に、確かに見えた。パイオニアに託された最後のミッション。
 微かな浮遊惑星の光を捉えるために装備されたD51の光学観測機器にかかれば、まるでその前に立っているかのようだった。
 アンテナの支柱部分に取り付けられた金属板。知的生命体とのファーストコンタクトのためのメッセージボードだ。人類の男女の姿、地球の位置などが描かれた簡単なもの。だがその意義はとても大きい。
 詳細を眺めている間に、D51はパイオニア10号をあっという間に追い越した。速度にかなりの差があるので仕方ない。コースを変えて接近はしても、速度を殺してランデブーするほど、推進剤の余裕はない。
 ほんの一瞬、刹那の邂逅。だがD51にはそれで十分だった。
 彼の「目」は確かに捉えた。
 あの金属板。宇宙塵の影響を避けるため、奥まった所に取り付けられたあの板の表面に、自然にできたとは思えない微かな痕跡があることを。
 確証はない。
 だが確信はある。
 「彼ら」はこの辺りにいるのだ!
 そう考えれば、この退屈な旅路にも、耐える価値があるというものだ。
 彼が本当に人間だったなら、一つ大きな満足の溜め息をついただろう。偉大なる先達に続き、D51も星の海原を悠久の時を費やして進むのだった。

〈了〉


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