ジーンとドライブ vol.9

結婚して数年の時が過ぎた頃だ。
私とジーンは二人とも無職…という時期があった。

晩婚だった私は妊活を考えていた。ちょうどその頃、居心地の良かったはずの勤めていた会社では、仲の良い人が辞めて代わりに支店にいた人が戻り、男性ばかりになった職場は煙草の煙がモクモクと立ち込める空間に変わっていた。ただでさえ健康に悪いだろうに、妊活には極悪な環境だ。私の仕事は図面を描くことだったが、CADを使える人が少ない上にサボリ癖のある人ばかりで、そのしわ寄せが私の肩にのしかかる…といった状況で私の右手の人差し指はクリッククリックの嵐で筋肉が盛り上がり、画面の拡大縮小拡大縮小により、目が崩壊寸前だった。もうこれは!心がムズムズするこの状況は、絶対に転機だ!と会社を辞める決意をしたのだ。

「仕事、辞めようかと思う。」
「辞め辞め!ずっと見てるに辛そうだ。」

「俺も辞表出した!」

「は…?」

びっくりなんてものではない。聞けば、ジーンはジーンの転機だったようだが、突然かい?そう言えば、義理の父も突然早期退職してきたと義理の母が今でもネチネチと嫌味を投げかけているのを思い出した。しかし、義理の父の場合とはちょっと違う。先を考えているのだろうか?

「次は探していないから、しばらくプー太郎です。」

…考えていなかったか。

ジーンの一か月後私も仕事を辞め、晴れて夫婦揃っての無職となった。
無職となったからには、意義のある無職でなければならない。この際、ジーンがこれまでしてこなかったこと、感じたことのないこと、心が豊かになること…片っ端からして行こう!そんな風に考えた私だったが、それはジーンにとっては楽しく愉快なことでは決してなく、とてつもなく辛く苦しいことだった。当時の私はそのことに気づくことはなく、知らず知らずジーンを追い詰めていた。結果、切欠が何かも分からない喧嘩ばかりの日々となった。どこに行っても何をしてもふて腐れた顔のジーン。笑顔はなかった。笑顔にならないジーンと居ても何にも楽しくない。
私は自分の思いがどうしてこれほど伝わらないのかと悔し涙を流し、ジーンは受け入れようとしかけては途端に踵を返して拒絶した。その繰り返し。もはや、妊活どころではなかった。仕舞いには、いつジーンが爆発するかと怯えるようにさえなっていた。爆発させたらさせたでその状況をどうにか治めようと取り合えず謝った。

今思えば、あの一年間が無ければ、今現在も夫婦でいることはなかっただろうし、ジーンは笑顔を取り戻すことはなく、私は自分の傲慢さに気づくこともなかった。やっぱり、間違いなく二人にとって転機だったのだと思う。

そんな日々が一年ほど続いたころ、精神的に限界寸前で私ははたと気づいた。たかが私のような一人間が同じ人間を変えようったって所詮無理な話だったんだ。何様?っていう話だよな。そして、こうも思った。何をびくびくしているんだ。筋の通らない滅茶苦茶を言って我を通そうとするジーンに怯えて折れるということは、その無茶苦茶を認めることになるではないか!

「私が正しいかどうかは分からないけど、おかしい!と感じることはおかしい!とこれからは言わせてもらう!!」私はジーンに宣言した。ジーンは困惑したように見えた。

その宣言以来、私はただ一つのこと以外は頑張ることをスッパリやめた。ただ一つのこと。それは、非日常の場所へ連れていくこと。
非日常の場所とは大自然。神頼みならぬネイチャー頼み。
海外へ出ることを断固として拒むジーンがここならと選んだ場所は小笠原諸島だった。 次回へつづく…



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cheka

ジーンとドライブ

うまく笑えないジーンとの人生のドライブのエッセイ。
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