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文化財とは何か。

文化財保護法改正案が今国会に上程されています。新聞紙面などでは「地方への権限移譲」との文脈で報道されていますが、実は、今回の法改正の視程はもっと深く、ひとことで言うと「文化財概念の転換」ということになります。ここでは、そのあたりの眺望について解説したいと思います。

「文化」が「ある社会で共有されている行動様式や生活様式」であるとすると、「文化財」とは「その文化活動の結果として生み出されたもの」ということになります。

これまで、その「文化財」とは「国などが選定したグレードの高いもの」と考えられてきました(指定文化財)。これが今回の法改正で、「指定されていない古民家や工芸品なども含めたもの」という概念に変わります(指定文化財+未指定文化財)。

また、「文化財」とは、「保存するもの」と考えられてきました。今回の法改正で、これに「活用する(ことで保存するもの)」という概念が加わります。文化財を単に保存するのではなく、文化財群を一体的に活用して地域を元気にしよう、文化財でまちづくりを、という趣旨です。

これらによって、文化財は国民にとって身近なものとなり、文化財が日常的に暮らしのなかに存在することになります。これまでは、文化財とは高尚で、どこか遠いところにある存在でした。そうではなくて、暮らしのなかで活かされて、私たちの日常を豊かにする存在であるべきだと、価値観が転換されることになりました。

市町村への権限移譲、市町村が主体となる地域計画制度の創設、教育委員会部局から市町村長部局への事務移管(が可能になること)、文化財の保存活用を担う民間法人の位置付けなどの法制度の改正は、そのような概念の転換、価値観の転換の「現れ」であると理解したら良いと思います。

文部科学大臣から文化審議会に対して、「これからの文化財の保存と活用の在り方について」が諮問されたのは、平成29年(2017年)5月19日のことでした。
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/bunkazai/kikaku/h29/01/pdf/shiryo_5.pdf

諮問理由には、「多様な文化財」が存在する「地域文化の厚みが日本社会全体の豊かさの基盤を成して」いるが、「政治、経済のグローバリゼーションの進展や過疎化や少子高齢化の進展等による地域社会の衰退」により、文化財の「継承の基盤となるコミュニティ自体が脆弱化」し、「地域の文化多様性の維持・発展が脅かされつつある」との認識が示されています。

一方で、「文化財を保存し活用することは、」「個性あふれる地域づくりの礎ともなることから、」「観光振興等を通じて地方創生や地域経済の活性化にも貢献することが期待されて」いるため、特に、「指定された文化財の保存と活用をより計画的に進めるための取組」「指定された文化財とその周辺地域の多様な文化財や取り巻く環境も一体的に捉えた施策の一層の推進」「文化財を適切に保存管理しながら活用を図る専門的人材等の育成」などの「具体的施策や制度改正について」検討が必要であるとしています。こうして、文化審議会文化財分科会に企画調査会が設置され、6月から審議が開始されました。

同年11月までの半年間で計14回の企画調査会が開催され、同年12月18日に、文化審議会において第一次答申が取りまとめられました。今回の法改正は、この答申に基づくものです。
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/bunkazai/kikaku/h29/matome/pdf/r1399287_02.pdf

下図のとおり、市町村が地域計画を策定し、地域で有用と思われる古民家等をリスティングすることで、登録文化財制度を大幅に拡充することが可能となります。登録文化財とすることで、現状変更の届出が義務付けられることになり、古民家等の保全措置が図りやすくなります。また、自治体が文化財保護条例を改正することで、建築基準法を適用除外とする道も拓けます。

今回の法改正には、文化財の保存活用に取り組む法人を市町村が認定する仕組みもビルトインされていますから、官民連携による文化財保存活用の進展も大いに期待できます。

次に、この図を平面的に見てみましょう。あるムラ(コミュニティ)に重要文化財に指定されている神社があります。文化財としてきちんと保存されています。ムラには、その神社と同じ時間を生きてきた町並みや古民家などがありますが、これらは未指定の文化財なので保存されません。むしろ不要なものとして扱われ、捨てられていく運命にあります。空き家と化し、朽ち果て、暮らしや生業の息吹も感じられなくなってきました。氏子も減り、もう、祭りや行事を執り行うのも困難です。かくして、重要文化財の神社がキレイに保存され、ムラは廃墟となりました。

このような姿が文化的ではないことは明らかです。こうして、文化財は未指定のものも含めて面的に活用されるべきだと、社会の価値観が反転したのです。


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