読書感想文「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」大島 真寿美 (著)

 「傑作を通じて,才能を世に知らしめる」ことを待ってもらうことが許された男・近松半二その人の物語である。中年になっても阿呆ぽんと呼ばれつつ,そうして待ったもらえた時間の末に,因果の渦の底に身を置き,立体的な関わりが筆を走らせた。
 治蔵や正三が虚無に襲われながらも,半二は酒や仕事に溺れない。芝居という虚の世界にズブズブと自分を沈め,「毒をもって毒を制す」ことで真っ黒な深淵を覗き込むのを防いだ。虚無は,たとえ,仕事や生活が好調な時であっても,いや,好調だからこそ,自分自身の消耗に気づかず,パックリと口を開ける。
 道頓堀の中で,ポッとそこだけ空気の違う場所である法善寺の門で,自身の分身・高砂屋平左衛門を見てしまった正三。半二が次々と失った周りの人たちについて丁寧に描写される。肉親,恩人,幼馴染らを失う様が語られる一方で,残したものは何か。紙上にまで出て,勝手に語り出すようにさえなったお三輪だろう。半二が死に際まで語りかけたお三輪は300年後の今も生き続けている。


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